総計: 1361775  今日: 37  昨日: 201       Home Search SiteMap E-Mail Admin Page
日本の山車 日本の山車
 お知らせ
標題の写真説明
2014-07-01
  北海道
    ◆北海道
  東北
    ◆青森県
    ◆岩手県
    ◆宮城県
    ◆秋田県
    ◆山形県
    ◆福島県
  関東
    ◆茨城県
    ◆栃木県
    ◆群馬県
    ◆埼玉県
    ◆千葉県
    ◆東京都
    ◆神奈川県
  甲信越
    ◆新潟県
    ◆富山県
    ◆石川県
    ◆福井県
    ◆山梨県
  中部
    ◆長野県
    ◆岐阜県
    ◆静岡県
    ◆愛知県
    ◆三重県
  近畿
    ◆滋賀県
    ◆京都府
    ◆大阪府
    ◆兵庫県
    ◆奈良県
    ◆和歌山県
  中国
    ◆鳥取県
    ◆島根県
    ◆岡山県
    ◆広島県
    ◆山口県
  四国
    ◆徳島県
    ◆香川県
    ◆愛媛県
    ◆高知県
  九州
    ◆福岡県
    ◆佐賀県
    ◆長崎県
    ◆熊本県
    ◆大分県
    ◆宮崎県
    ◆鹿児島県
  沖縄
    沖縄県
  表題の写真説明
 ボックスのタイトル : 九州
 題名 : ◆長崎県

日本の山車 長崎県

長崎県総論

●42201 長崎市
◆00693 諏訪神社おくんち
□社名 諏訪神社
□所在地長崎県長崎市上西山町
□祭神
諏訪大神
タケミナカタノカミ 建御名方神
ヤサカトメノカミ 八坂刀売神
森崎大神
イザナギノカミ 伊邪那岐神
イザナミノカミ 伊邪那美神
住吉大神
ウワツツノオノカミ 表筒之男神
ナカツツノオノカミ 中筒之男神
ソコツツノオノカミ 底筒之男神
□祭は十月上旬。
傘鉾、御朱印船、コッコデショなどさまざまな態様の山車が出る。
□山車
・丸山町
長崎を代表する花街。丸山花月は江戸時代以降日本史に登場するさまざまな人物らの往来がある。
昭和四〇年にでたあと休止。過去には、本踊り段尻が出ている。
・川船 油屋町
・八坂町
・東古川町
・魚の町
・船大工町
・麹屋町 
・榎津町
・唐人船 元船町、大黒町
・御座船 築町、本古川町
・阿蘭陀船 出島町、江戸町
・宝船 鍛冶屋町
・龍宮船 東浜町
・御朱印船 本石灰町
・祝船 八幡町
・龍船 西浜町
・恵美須船 賑町
・曳壇尻 新大工町
・コッコデショ 樺島町
担ぎもの
・鯱太鼓 銀屋町
・鯨の汐吹き 万屋町
笠鉾
四〇基
鉾は長崎の八〇町のうち出島町を除く七十九町にあったが、さまざまな曲折を経ていまはおよそ半数となっている。
□汎論
諏訪神社には諏訪のほか相殿に森崎大神、住吉大神の二社が祀られている。
戦国時代、長崎はにキリスト教の支配となり、神社仏閣は焼き払われて姿を消した。
江戸時代初期の寛永二年(一六二五)、諏訪神社の初代宮司である青木賢清が諏訪、森崎、住吉の三社を西山郷丸山に再興し、長崎の産土神とした。
慶安元年(一六四八)、幕府より朱印地を得て、現在の地に本殿が建立された。しかし、安政四年(一八五七)、火災により社殿のほとんどを焼失。高山の名工谷口與鹿、伊丹郷町、明倫堂の塾頭であった橋本香坡が滞在した年のことである。
再建がなったのは、明治二年(一八六九)。昭和五十九年の鎮座三六〇年祭、平成六年の三七〇年祭にあわせてながらく修復の覆いに被われていたが、いまは立派にその姿をあらわした。
鎮西大社の別名がある諏訪神社が当所に祀られるようになったのは、過去の資料が残らない現在では知りようもないが、ながきにわたって長崎市民の鎮守であった歴史に変わりはない。
諏訪神社の祭は有名な「おくんち」であるが、その出自はあきらかではない。旧暦九月九日にしっこうされていたからではないか。「供日」の意ではないかなど諸説がある。
毎年十三町が奉仕する。山車がひととおり巡るのは七年ごとで、毎年同じものが見られるわけではない。人気の龍踊りも七年ごとである。

◆02499 肥前馬場本浮流
□社名 矢上神社
□所在地 長崎市矢上町 
□祭神
□祭は十月中旬(四年ごと)  
□山車
馬場本浮立が行われる。
山車は無い。
□保持団体 馬場本浮立保存会
□汎論
 馬場本浮立は、四年ごとに矢上神社の例祭に奉納される。組内に文政八年(一八二五)七月の銘のある鉦子の伝承があり、長い歴史と、祭が旧暦の七月に行われていたことをうかがわせる。頭上に大きな月形の拵物をつけ、立道具(鳥毛)、簓(ささら)、掛け打ち、鉦子、大太鼓、小太鼓、笛で構成される林に合わせ浮流が舞われる。
演目には、
マクリハヤシまくり(海仁草囃子)
・オークワンサキ
・サルガエシ
・キョウカエシ
がある。

◆00140 田之浦本浮立
□社名 矢上神社
□所在地 長崎市矢上町 
□祭神
□祭は十月中旬(田之浦は四年ごと)
□山車
田之浦本浮立が行われる。
山車は無い。
□保存団体 田之浦本浮立保存会
□汎論
 田之浦本浮立は、矢上神社の祭礼である【矢上くんち】で上演される。佐賀県の各地で行われる天衝浮流(天月浮流)と同じ系統の浮流と考えられる。浮流行列、笛、太鼓、、鉦、扇子、掛打に分かれて、伝統を保持している。古い歴史があるが、もとは、田之浦の矢次郎神社で雨乞い等に奉納されたとの伝承がある。各地に共通するのはもとは、祭礼の時のみならず干天に慈雨を求める、「雨乞い行事」として不定期に行われている。
 また、肥前に共通するのは、雨をもたらす神である貴船の神、また、水利を司る、ミズハノメノカミ(罔象女神)が祀られる例がまったく無いわけではないが、少ないことが挙げられる。
祭祀としての神道にも、日本各地で差異があることの例証として挙げられよう。

◆00781 矢上平野浮立
□社名 矢上神社
□所在地 長崎県長崎市矢上町
□祭神
オオナムチノミコト 大巳貴命
スクナヒコナノミコト 少彦名命
スサノオノミコト 須盞鳴命
境内社
ハチマンオオカミ 八幡大神
スワミョウジン 諏訪明神
ハクリュウジン 白龍神
ゴコクダイミョウジン 五穀大明神

□祭は十月中旬。  
□山車
矢上平野浮立
山車は無い。
□汎論
 矢上神社の創祀は、弘安四年(一二八一)におきた元寇の際、これを鎮圧する目的で祭祀されたと伝えられる。しかし、主祭神は出雲系の神々であり、皇室系神を従においている。
 案ずるに、これは鎌倉時代よりはるか以前に、出雲系の神を祖神として祀る氏族があったと考えられる。
 元寇は、大きな国難であったが、時の政権がこれの鎮圧を祈願するために各地におかれた祈祷所のひとつだったと考えられる。長崎市では最も古い神社とされ、今は行政上長崎市になっているが、当地はもと諫早藩の支配下に置かれていた。当地の浮流もその時代の遺風を残している。諌早藩の支配地である、矢上、古賀、戸石、牧島、日見、網場、飯盛、田結、江の浦郷の総産土神であった。
 矢上神社の麩流派現在四地区が輪番(四年まわりの交代)で行われているが、この四地区の浮流は微妙に異なり同一ではないので、これを見るためには四年連続で通わなければならない。

◆01268 蠣道浮立
□社名 矢上神社
□所在地 長崎県長崎市蠣道(かきみち)
□祭神
オオナムチノミコト 大巳貴命
スクナヒコナノミコト 少彦名命
スサノオノミコト 須盞鳴命
境内社
ハチマンオオカミ 八幡大神
スワミョウジン 諏訪明神
ハクリュウジン 白龍神
ゴコクダイミョウジン 五穀大明神

□祭は十月中旬。  
□山車
蠣道浮立が行われる。
山車は無い。
□汎論
 蠣道浮立は、矢上神社の祭礼【矢上くんち】に奉納される浮流である。矢上神社のくんちは四区に分けられた地区が四年に一回輪番で奉納する。
 地元の資料を参考にさせていただくと、江戸時代の最も繁栄した化政期といわれる、文化文政期(一八〇四−一八二九)頃に、長崎県北高来郡田結村(現諫早市田結)から伝わったと伝わる。
□参考
次の記事を参考にさせていただきました。
蠣道浮立
http://www.city.nagasaki.nagasaki.jp/bunkazai/minzoku/open/26.html

◆01630 中里獅子浮立
□社名  古賀八幡神社
□所在地 長崎県長崎市古賀
□祭神
チュウアイテンノウ 仲哀天皇
ジングウコウゴウ 神功皇后
オウジンテンノウ 應神天皇
□祭は十月下旬。  
□山車
古賀八幡神社の祭礼である古賀くんちには中里獅子浮立が行われる。
山車は無い。
□保存団体 中里獅子浮立保存会

□汎論
 長崎市の東端に位置する当地にも神功皇后の足跡が伝承されている。茂木は琵琶(びわ)の名産地として著名であるが、茂木の地名も、神功皇后が上陸されたとき、ここで衣装をあらためられたことから、「裳着」といわれ、これが後に茂木となったのだという。
 古賀八幡神社の創祀も、神功皇后が当地をお通りになったあとに祀ったとの言い伝えがあるが詳細は不明である。
 中世には、キリシタンが栄え、教導者らによって、神社が焼き払われて荒廃したが、やがてキリシタンもご禁制となり弾圧で多くの殉難者が出た。町内には切支丹殉教者の供養塔が立つ。
 江戸時代は幕府の直轄地であった。寛永三年(一六二六)には、裳着神社とともに当社も再興されている。
 中里獅子浮立は、佐賀地方より、当古賀村(現在は長崎市)中里名底内轟に伝えられた良いわれ、およそ、四百年の歴史があると言われる。月の輪の少年二人による庭清めの舞があり、獅子が出てきて舞うがそのあとは寝入ってしまう。そこへ数名の幼年者が獅子にじゃれるので、獅子は寝てもおられず仕方なしに獅子舞をする。この幼年者を【玉つき(玉使い)】とよぶ。
 獅子舞は、【獅子おこし】と、【まくり】に二大別される。
・獅子おこしのは、
毛ぶるい 蠅おい 玉ねぶり 俵ころび 尾ねぶり 露はらい
・まくりの所作は、
 ねずみ立ち 玉ねぶり 柳 毛づくろい 牡丹がえり
 となっていて浮流と渾然となって妙技が奉納される。
□参考
次の記事を参考にさせていただきました。
中里獅子浮立
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/bunkazai/minzoku/open/27.html

◆01632 竿浦、江川浮立
□社名 大山祇神社
□所在地 長崎県長崎市末石町
□祭神
□祭は十一月上旬。  
□山車
竿浦、江川浮立が行われる。
山車は無い。
□汎論
 長崎市末石町

◆01708 三ッ山浮立
□所在地 長崎県長崎市三ツ山町、犬継、六枚板
□祭神
□祭は  
□山車
三ッ山浮立が行われる。
山車は無い。
□汎論
 三ツ山町は、長崎市の東部にある町。ここで行われる三ッ山浮立は、五穀豊穣と雨乞いを祈願するもので、大名行列を模したものと言われる。多くの小学生が熱演する。

◆02497 馬場浮立
□社名 三重大神宮神社
□所在地 長崎市三重町
□祭神
□祭は十月下旬。  
□山車
三重大神宮神社の祭礼である三重くんちの日に馬場浮立が行われる。
□汎論
 馬場浮立は、三重大神宮神社(旧社名皇大神宮神社)の祭礼に演じられる。独特の【赤熊踊(しゃぐまおどり)】が上演される。佐賀県より明治後期に伝えられたと言われる。

◆01034 式見木場浮立
□社名 式見乙宮神社
□所在地 長崎市牧野町
□祭神
□祭は十月下旬(不定期、八年ごと?)。  
□山車
式見乙宮神社の祭礼である、式見くんちで式見木場浮立が演じられる。
山車は無い。
□汎論
 式見乙宮神社の創祀は不明。九州の各地には、同じ名称の乙宮神社がある。祭神は、トヨタマヒメノミコト(豐玉毘賣命)、クシイワマドヒメノミコト(櫛磐窓命)、トヨイワマドノミコト(豊磐間戸命)などで、海神族(綿津美氏)系の古い神々を祭る例が多い。トヨタマヒメノミコト(豐玉毘賣命)は、龍宮上の乙姫だとする古い思想があり、これがっ社名の由来となっている。
式見木場浮立は、長崎市三重町(旧三重村)の馬場地区からつたえられたといわれる。

◆02511 東上面浮立
□社名 三重大神宮神社
□所在地 長崎県長崎市三重町
□祭神
□祭は十月中旬。  
□山車
三重大神宮神社の例祭である、三重くんちで東上面浮立が行われる。
山車は無い。
□保存団体 東上面浮立保存会
□汎論
 東上面浮立は、佐賀県の最南端にある、藤津郡太良町から明治の末期に伝習したと伝えられる。

◆02751 崎上浮立
□社名  三重大神宮神社
□所在地 長崎県長崎市三重町
□祭神
□祭は十月中旬。   
□山車
三重大神宮神社の例祭である、三重くんちで崎上浮立が行われる。
■保存団体
崎上浮立保存会
□汎論
 崎上浮立(さきあげふりゅう)は三重大神宮神社の例祭である、三重くんちで奉納される地域五浮流の一翼を担う。
 頭に白熊(はぐま)をかぶり、白い装束に赤い襷(たすきを)掛けることから、【白狐浮流】の別名がある。頭の被り物を赤熊(しゃぐま)とよんでいる。明治末期に長崎県北高来郡田結村(現諫早市)から伝習したと伝えられる。
□参考
次の記事を参考にさせていただきました。
崎上浮立
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/bunkazai/minzoku/open/33.html

◆02752 船石町の木場浮立
□社名  古賀八幡神社
□所在地 長崎県長崎市船石町
□祭神
□祭は十月下旬。  
□山車
木場浮立は、古賀八幡神社の祭礼である古賀くんちで奉納されるほか、五月には、福瑞寺の降誕会でも演じられる。
山車は無い、
□汎論
 木場浮立(こばふりゅう)は、佐賀県有田市の龍泉寺界隈で行われる、古い歴史のある浮流である。佐賀県佐世保市黒髪町上木場につたえられ、【木場浮立】といわれる。明確な資料が無いが、船石町の木場浮立は、佐世保市黒髪町上木場より導入されたと推定される。
□参考
次の記事を参考にさせていただきました。
船石町木場浮立
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/bunkazai/minzoku/open/33.html

◆02752 船石町の木場浮立
□社名  古賀八幡神社
□所在地 長崎県長崎市船石町
□祭神
□祭は十月下旬。  
□山車
木場浮立は、古賀八幡神社の祭礼である古賀くんちで奉納されるほか、五月には、福瑞寺の降誕会でも演じられる。
山車は無い、
□汎論
 木場浮立(こばふりゅう)は、佐賀県有田市の龍泉寺界隈で行われる、古い歴史のある浮流である。佐賀県佐世保市黒髪町上木場につたえられ、【木場浮立】といわれる。明確な資料が無いが、船石町の木場浮立は、佐世保市黒髪町上木場より導入されたと推定される。
□参考
次の記事を参考にさせていただきました。
船石町木場浮立
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/bunkazai/minzoku/open/33.html

◆02753 上戸浮立
□社名 戸町神社
□所在地 長崎市上戸町
□祭神
□祭は十月中旬。  
□山車
戸町神社の祭礼である戸町くんちで、上戸町浮立が行われる。【しゃぎり】を伴う。
□保存団体
上戸町浮立太鼓・シャギリ保存会
□汎論
 戸町神社の祭礼である戸町くんちで、上戸町浮立が行われる。【しゃぎり】を伴う。
浮立に使われている鉦に、宝暦九年(一七五九)銘があり、このころすでに浮流行われていたと考えられる。昭和二年ころ、矢上中尾地区のしゃぎりに上戸町、新戸町の数名が参加し
…利他と言われ、戦後には、長崎市の諏訪おくんちには【しゃぎり】呈上町として参加していた。
 【やすまき】の伝承がある。「やすまき」とは、「夜酒幕」の文字が当てられている。鎮西八郎源為朝が、黒髪山の妖怪を退治したところ地元の住民が喜んで鎮西八郎源為朝に感謝する酒宴を開いたことに由来すると言われる。佐賀県武雄市(旧山内町黒髪山)に「やすまき」の伝承がある。
□参考
次の記事を参考にさせていただきました。
上戸町浮立
http://www.city.nagasaki.nagasaki.jp/bunkazai/minzoku/open/36.html

◆02756 松原浮立
□社名 
□所在地 
□祭神
□祭は  
□山車
松原浮立が行われる、浮流には傘鉾が伴う。また蛇踊が行われる。
山車は無い。
□保存団体
松原町芸能保存会
□汎論
 松原浮立が行われる、浮流には傘鉾が伴う。また蛇踊が行われる。神社に係属しない民俗行事として、松原町上床公園で上演される。

◆02759 横尾だんじり
□社名 
□所在地 長崎市横尾
□祭神
□祭は十月下旬。  
□山車
 横尾だんじりの名称があるが浮流である。
山車(だんじり)はない。
□保存団体
横尾郷土芸能保存会
□汎論
 神社に係属しない民俗行事として、横尾秋寄公園で上演される。

◆03100 簓浮立
□社名 五穀神社
□所在地 長崎県長崎市上戸石町
□祭神
□祭は七月  
□山車
五穀神社の祭礼に行われる浮流。
山車は無い。
□保存団体
ささら浮立保存会
□汎論
 五穀神社の祭礼に行われる浮流で、使用する楽器に近年ではあまり用いられなくなった簓(ささら)を用いるところから簓浮立の名がある。要請があるときは、戸石くんちにも参加する。

●42202 佐世保市 

●42203 島原市
◇03697 しまばら温泉不知火祭
長崎県島原市  
□祭は十月ころ
市民祭
□問い合わせ
・島原市商工観光課
電話 0957-63-1111
・不知火支所 産業課 商工観光係
電話 0964-33-1111(内線221、222)

●42204 諫早市 

●42205 大村市 
◇20588 昊天宮 
長崎県大村市宮小路二丁目
昊天宮(こうてんぐう)
□祭神
イザナギノミコト 伊弉諾命
イザナミノミコト 伊弉冉命
ニニギノミコト 瓊瓊杵命
コノハナサクヤヒメノミコト 木花咲耶姫命
ウガヤフキアエズノミコト 鵜葺草葺不合命
タマヨリヒメノミコト 玉依姫命
相殿
 アマテラススメオオカミ 天照皇大神
 スサノオノミコト 素戔嗚命

□汎論
 六柱の祭神を奉祭し、二柱の神が相殿に祀られる。タマヨリヒメノミコトは、おそらく海神氏のトヨタマヒコ(豊玉彦の娘)、神武天皇の母君であろう。六神を祀ることから、「昊天六社大明神」とも称ばれる。祭神はいずれも皇室系の神々で、神社は「昊天宮」である。
 一般に神社といわれる系統には「神社」と「宮」がある。
 たとえば、出雲大社、諏訪大社、大神神社、加茂神社、八坂神社、稲荷神社など出雲系氏族による祭祀の対象となるのは「神社」であり、出雲大宮とはいわない。その創祀は皇室系の「宮」より古く、濫觴は古代にさかのぼり、古代朝鮮、古代中国、ヒマラヤ。あるいは、奄美大島、沖縄、台湾から東南アジアへとひろがる。
 一方「宮」はおそらく四世紀ー五世紀ごろに覇権が成立したと考えられる皇室の神は「宮」とされ、「神宮」となる。
 伊勢神宮、八幡宮、鹿島神宮、香取神宮などはよく知られる。
 しかし、八幡宮には、八幡神社、天照大御神を祀る神明宮には、神明社があることも衆知である。天満宮には、天満神社もある。
 したがって一概に神社だから皇室無関係の神、神宮だから皇室関係の神とは言い切れない。
 天照大神は古来多くの学者らにより論議されてきたが、皇室への遠慮から表現が控えめであるが、一言で言えば、天照大神を祭神とする「神社」は皇室とは無関係で、祭神は「アマテルオオミカミ」。つまり古代海神氏の祭神と考えるべきだろう。

●42206 福江市
◆01916 福江まつり
長崎県福江市   
□祭は九月下旬ー十月上旬。
□汎論
 福江まつりは、市民祭として行われる。近年ねぶたが運行されるようになった。
 青森県の佞武多(ねぶた)は国内でも各地で行われるようになっているが、海外にもひろく進出して好評を博している。
昭和三十八年四月 アメリカ合衆国、ハワイ
昭和五十一年二月 ニースのカーニバル
昭和五十三年十二月 サンパウロのカーニバル
昭和五十五年二月 アメリカ合衆国、ハワイのチェリーカーニバル
昭和五十五年 台湾
昭和五十九年八月 アメリカ合衆国、ハワイのホリデーインハワイ
昭和六十一年九月 アメリカ合衆国、ハワイのアロハウィークデー
昭和六十一年 イタリア、フィレンツェ
昭和六十三年十月 北京
平成元年九月 ベルギーブリュッセルのユーロパリアジャパン
平成二年十一月 香港の第二回区局節
平成三年九月 イギリス、ロンドンの(ジャパンフェスティバル
平成四年九月 北京の日中国交正常化二十周年記念 北京ジャパンウィーク
平成五年八月 アメリカ合衆国、ニューヨーク
平成八年五月 デンマーク、コペンハーゲンのEUジャパンフェスト
平成八年九月 ハンガリー、ブタペストの建国一二〇〇年祭
平成十年三月 アメリカ合衆国、ハワイ、オアフ島 第四回 ハワイホノルルフェスティバル
平成十一年三月 アメリカ合衆国、ハワイ、オアフ島 第五回 ハワイホノルルフェスティバル
平成十二年三月 アメリカ合衆国、ハワイ、オアフ島 第六回 ハワイホノルルフェスティバル
平成十三年十一月 イギリスの大英博物館にて展示
平成十七年九月 韓国 日韓友情年二〇〇五 日韓のお祭
平成十九年八月 アメリカ合衆国、ロサンゼルスの二世ウィーク

●42207 平戸市
◆21643 平戸神楽
長崎県平戸市
□汎論
 平戸神楽と高千穂神楽は九州の神楽の中でももっとも重要視される。
 平戸神楽は、元亀年間(一五七〇ー一五七三)、壱岐が松浦藩に加領となったことから、壱岐の神職が、平戸の松浦藩主の居城を訪ねて御竈祭の神楽を舞ったのに始まると伝えられ、松浦二十九代鎮信(天祥)の代に、壱岐出身の国学者橘三喜が、正保年間(一六四四ー一六四八)にかけて、二十四番の平戸神楽を完成させたと伝わる。平戸神楽は、小神楽(八番)、中神楽(十二番)、大神楽(十八番)、大大神楽(二十四番)に分けられ、大大神楽は「岩戸神楽」の別名がある。
神社の社格により、振り当てられている。二十四番すべてを奉納するのは、亀岡神社に限られている。
 国指定重要無形民俗文化財になっている。

●42208 松浦市
◇03782 松浦水軍祭
長崎県松浦市   

●42301 香焼町 

●42302 伊王島町 

●42303 高島町 

●42304 野母崎町 

●42305 三和町 

●42306 多良見町 

●42307 長与町
◇02426 中尾の獅子風流(浮立)
長崎長与町   
 
◇03157 祇園大明神
長崎長与町   

●42308 時津町
◆02569 熊野神社祭
長崎県西彼杵郡時津町日並郷
熊野神社
□祭は一〇月下旬。
□山車
コッコデショ 一臺
傘鉾 一基
□汎論

◆03158 熊野神社祭
長崎県西彼杵郡時津町子々川郷   
熊野神社
祭は十一月上旬。
□汎論
時津町は旧子々川郷で、熊野神社の秋祭りを「子々川くんち」とよぶ。
祭には古式ゆかしい衣装の、小学校高学年の女子により「舞」が行われる。

●42309 琴海町 

●42310 西彼町 

●42312 大島町 

●42313 崎戸町 

●42314 大瀬戸町 

●42315 外海町 

●42321 東彼杵町
◆27112 坂本浮立
長崎県東彼杵町
□汎論
 坂本浮立は、万治三年(一六六〇)に肥前(*現佐賀県)方面より、「外山流浮流」を、坂本の中尾九郎兵衛らが習いうけたのにはじまると伝えられる。佐賀県の木場浮立もおなじ佐賀県藤津郡不動山村の浮立が伝えられたという。楽器は、笛、太鼓、鉦、あやたけ等を用い座浮立と道浮立がある。外山流浮流は江戸時代前期にはすでに存在していたと言われ、坂本浮立を地元では「神楽浮流」に分類している。江戸時代には、大村藩の御用浮流であり、昭和三十四年に、長崎県の無形文化財の指定を受けている。
 曲目は、約三十曲。御謳は各舞にあわせて十七ある。波佐見、川棚の浮立は坂本浮立が伝えられたといわれる。
*注
長崎県、佐賀県の旧国名はいずれも肥前であった。
 
◇22566 千綿人形浄瑠璃
長崎県東彼杵町      

●42322 川棚町 
◇06393 石木郷八幡神社祭
長崎県川棚町      

●42323 波佐見町
◇23787 皿山人形浄瑠璃
長崎県波佐見町      

●42341 森山町 

●42342 飯盛町 

●42343 高来町 

●42344 小長井町 

●42361 有明町 

●42362 国見町 

●42363 瑞穂町 

●42364 吾妻町 

●42365 愛野町 

●42366 千々石町 

●42367 小浜町 

●42368 南串山町 

●42369 加津佐町 

●42370 口之津町 

●42371 南有馬町 

●42372 北有馬町 

●42373 西有家町
◇03159 みそ五郎祭
長崎県西有家町

●42374 有家町 

●42375 布津町 

●42376 深江町 

●42381 大島村 

●42382 生月町 

●42383 小値賀町 

●42384 宇久町 

●42385 田平町 

●42386 福島町
◇03160 塩浜免尊光寺祭
長崎県福島町

●42387 鷹島町 

●42388 江迎町 

●42389 鹿町町 

●42390 小佐々町 

●42391 佐々町 

●42392 吉井町 

●42393 世知原町 

●42401 富江町 

●42402 玉之浦
◇01032 大宝の砂打ち
長崎県玉之浦

●42403 三井楽町 

●42404 岐宿町 

●42405 奈留町 

●42406 若松町 

●42407 上五島町
◇24625 龍踊
長崎県上五島町   

●42408 新魚目町 
◇06394 小串神社祭
長崎県新魚目町   

●42409 有川町
◇03161 海童神社祭
長崎県有川町   

●42410 奈良尾町 

●42421 壱岐市郷ノ浦  
◇02744 壱岐祇園山笠
長崎県壱岐市(旧郷ノ浦町)  

◇06247 八坂神社祭
長崎県壱岐市(旧郷ノ浦町)  

◆21889 天手長男神社
長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触
天手長男神社(あまのたながおじんじゃ)
祭神
アメノオシホノミミノミコト 天忍穂耳尊

アメノタジカラオノミコト 天手力男命
アメノウズメノミコト 天鈿女命
合祀 
ニントクテンノウ 仁徳天皇
チュウアイテンノウ 仲哀天皇
ヤマトタケルノミコト 日本武尊
ヒメオオカミ 比賣大神
合祀
天手長比賣神社(あめのてながひめじんじゃ、式内社・名神大社)
タクハタチチヒメノミコト 栲幡千々姫尊
左二座 
ワカヒメノミコト 稚日女尊
コノハナサクヤヒメノミコト 木花開耶姫命
右二座 
トヨタマヒメノミコト 豊玉姫命
タマヨリヒメノミコト 玉依姫命
合祀
物部布都神社(もののべふつじんじゃ)
フツヌシノミコト 布都主命(経津主命)
このほか、
若宮神社
宝満神社
が合祀されている。
□汎論
 天手長男神社は、長崎県壱岐島に祀られる神社。延喜式神名帳には所属国名を記載せず、単に壹岐嶋とある。古代大陸との海上交通の中継地点にあり、三国志魏書(魏誌倭人伝)に「一支」と記載されるのは「壱岐」であることには異論がないようである。
 祭神にはアメノオシホノミミノミコト(天忍穂耳尊)が挙げられ、合祀された天皇の名がならぶ。さらに日本神話で語られるアメノタジカラオノミコト(天手力男命)、アメノウズメノミコト(天鈿女命)の名がみられる。このことは天手長男神社が延喜式の編まれた一〇世紀には皇統の神を祀る神社であったことを示していて、延喜式神名帳に名神大社と記載される根拠になったとも言えるだろう。
 だが、仔細に見ていくと、現在、天手長男神社には延喜式神名帳記載の二社が合祀され古い三社が一箇所にあつまっている。
 天手長比賣神社の祭神であるアメノテナガヒメノミコト(天手長比賣命)は、アメノテナガオノミコト(天手長男命)の妃であり、両神は夫婦神であろう。
 ワカヒメノミコト(稚日女尊)、トヨタマヒメノミコト(豊玉姫命)、タマヨリヒメノミコト(玉依姫命)らの女神は海神氏の神である。
 ワカヒメノミコト(稚日女尊)は、斎服殿で機織をしていたところへスサノオ(素盞嗚命)が馬の皮を逆剥ぎにして投げ込み、稚日女尊はそれを見て驚き、機から落ちたが、機織の梭(ひ)傷つき、それがもとで死去した。天照大神はそれをたいそう悲しみ天岩戸に隠れてしまったとある。諸説があるが、アマテラスオオミカミ(天照大神)そのものとする説。アマテラスオオミカミの妹とする説などがある。天手長男神社の祭神にはアマテラスオオミカミの名が見られない。
 チュウアイテンノウ(仲哀天皇)の名が見られるが神功皇后の名が見らず、應神天皇の名が見られない。これは注目すべきことで、俗巷、神功皇后の九州征伐、三韓征伐と伝えられるのは、海神氏にたいして皇室に神々を引き渡す強訴だったと推定され、大陸に渡ったのは縁者を介して海神氏に迫ったと考えられる。結果としてその調停はうまくゆかず、あらたに、アマテラスオミカミを祖神にたて、住吉の三神を祀ることにして難波に帰還することとなったのであろう。
 一時はこれで修まったものの、天皇家の祖神を巡る陪臣らの対立があって、皇室内に祀られていたアマテラスオオミカミは皇室を出てさまよったのち伊勢に落ち着くことになった。しかし、祖神をめぐる内部対立は、神を捨て、仏教を取り入れる仏教公伝へと向かう。壱岐の天手長男神社に祀られる祭神は創祀時のものではなく、おそらく朝鮮に向けて渡海した神功皇后の意思が反映したものであろう。

◇24669 仏教伝来
 日本への仏教の伝来は、元興寺縁起は五三八年、日本書紀では五五二年としていて、六世紀半には伝来したとされている。百済の聖明王の使者が欽明天皇に金銅の釈迦如来像、経典を献上したのが仏教伝来のはじまりとされている。しかし、大陸からの渡来人らがそれ以前から仏教に帰依し、中国、朝鮮へと伝わった仏教は民間には伝来していたことは十分に考えられる。
 一般に伝来した時期と、公式に伝来した時期をわけて、公式に伝来した時期を「仏教公伝」といっているようである。すなわち、欽明天皇が百済の聖明王から仏教伝来の使者を迎えたときが仏教公伝ということになろう。推古女帝期に仏教興隆の詔が令せられ、各地に寺院が建設された。
 日本への仏教伝来の道は、中国から朝鮮半島を経由した道。これには百済が大きくかかわっている。法隆寺の百済観音などはその伝來の象徴的なものであろう。
 次に、中国から直接伝来した道。中国北部の雲崗、龍門など北魏様式が直接日本に伝来したもの。三つめは、東南アジア、中国南部、臺湾、琉球を経て、鹿児島、熊本、和歌山南部につたわったもの。に三大別されようか。
 その後の仏教はわが国で大きな興隆発展があり、平城遷都以後、聖武天皇により東大寺、各国に国分寺の建設が進められるまでにはわずか二〇〇年あまりである。
 この間には混乱から天皇周辺に争いが起こり、蘇我氏と対立する物部氏、中臣氏(藤原氏)のあいだで熾烈な抗争があり、蘇我氏が擡頭し、物部氏は失脚した。蘇我氏は大陸から渡来人とされている。
 オウジンテンノウ(應神天皇)は死後皇室でははじめての佛となった。東大寺正倉院御物にはおびただしい渡来品が蔵されている。
 仏教公伝以後三〇〇年のあいだにわが国の仏教は定着していった。換言すればこの時期は神社の衰退期であった。
 綜合的に判断すると、仏教公伝(伝来)は、伝来渡来というよりも意識的に招聘されたと考えるほうが自然かもしれない。

●42422 壱岐市(旧勝本町)  
◇01033 御幸船
長崎県壱岐市(旧勝本町)   
 
◇22745 壱岐神楽
長崎県壱岐市(旧勝本町)   

●42423 芦辺町
◇00793 壱岐芦辺
長崎県芦辺町   

●42424 石田町 

●42441 厳原町 

●42442 美津島町 

●42443 対馬市(旧豊玉町)
◇01035 フナグロウ
長崎県対馬市(旧豊玉町)

□汎論
フナグロウは、「舟くらべ」がなまったものではないかといわれる。櫓船で競艘する神事(民俗行事?)であるが詳細は不明である。沖縄、長崎などでおこなわれる「ペーロン」に通じる。南方に起源を持つ渡来文化かもしれない。
 対馬市豊玉町には海神神社(旧和多津美神社)が鎮座し、トヨタマヒメノミコト(豐玉姫命)、ヒコホホデミノミコト(彦火火出見命)、ムナカタンカミ(宗像神)、
ミチヌシムチノカミ(道主貴神)、ウガヤフキアエズノミコト(草葺不合命)の五神を祭神としている。道主貴はあまり聞かない神であるが、滋賀県の古社である、阿自岐神社に祀られ、筑紫の水沼氏の祭神でもある。対馬の一宮である。海中に一の鳥居と二の鳥居が立っている。創祀は不明であるが、相当古い神社で、社前にある神籠石は、ワタツミ氏が祖神として祀る磯良神、また磯良恵比寿神が御神体だと伝える。海神である豊玉彦尊が神殿を建立し「海宮」と名づけたという伝承があり、当地を「夫姫」と名付けたという。神功皇后が三韓にわたるときには、すでに伊豆山に鎮座していたといわれる。海岸には、古代信仰の対象となったやくま塔がある。
伊豆山は神南備山と知られる。


行政コード番号は従前のままです。 
20130105 更新

 ◆日本山車論
目次
 ◆左甚五郎傳
左甚五郎傳
 ◆斐太ノ工
斐太ノ工
 ◆谷口與鹿
谷口與鹿
 ◆論攷 延喜式神名帳
論攷 延喜式神名帳
◆阿波國
◆安房國
◆安藝國
◆伊賀國
◆隠岐國
◆越後國
 ◆古代祭祀と神南備山
古代祭祀と神南備山
 ◆玉依姫  様