日本の山車 岩手県 総論 岩手県の火防祭 岩手県森岡市の盛岡八幡宮祭礼には趣向を凝らした山車が曳かれる。その歴史をたどると、山車曳行を仕切ってきたのは「火消し組」の存在が大きい。 江戸時代、天明年間におきた大飢饉はすさまじいもので、各地に多くの死者が出た。天保年間におきた大飢饉も、土地によっては天明の飢饉をも凌駕している。また飢饉の年には江戸をはじめ全国的に大火が起き、加えて疫病が蔓延してその惨状は目を覆うべきものがあった。 天明飢饉は、天明二年(一七八二)から、天明八年(一七八八)にいたる長い期間にわたり、江戸期の四大飢饉のひとつにあげられるが、そのうちでも最悪の大飢饉であった。 天明三年三月、青森県の岩木山が噴火して噴煙を上げ、同年七月には長野県の浅間山が噴火した。噴煙は空を覆って、日照をさえぎり異常な冷害をもたらし、飛騨地方では七月に雪が舞うという有様であった。東北地方の死者は二十万人近く会ったのではないかと推定されている。 しかし、奇跡的な復興を遂げ、文化文政期(一八〇四−一八二九)にいたると「化政期」といわれる文化が花開いた。飛騨高山の屋臺をはじめ全国各地にある山車はこの時期に絢爛豪華なものになっている。 岩手県奥州市では「みちのくの春をひらく」華麗な日高火防祭が執行される。雛檀状の祭壇に可愛らしい少女らが綺麗に着飾って居並び、お囃子を演奏しながら町を練る。まことに観客がうっとりと見惚れるお祭である。これに倣って北上市近隣でも「火防祭」がおこなわれる。 天明の大飢饉、大火災、疫病の流行は、天災、人災の多重災厄だった。しかしこの時期わずか二十年ほどで、以前の繁栄にもいやます経済復興ができたのは驚異といわねばならない。 この時期各地に八坂神社が建立され、祇園祭が行われ、山車囃子が演奏され、山車が曳かれた。藝術、文化が民衆のものとなった。岩手県の火防祭もこのような過程から興隆してきた。
●03201 盛岡市 ◆00659 盛岡八幡宮祭 □社名 盛岡八幡宮 □所在地 岩手県盛岡市八幡町 □祭神 ホムダワケノミコト 誉田別命(應神天皇) □祭は九月中旬。 □山車 山車 ・一番組 肴町、馬町。 第三分団 天明三年(一七八三)、藩主より御用火消しとして任命され「いろは組」と称し、明治九年県政へ移行のときに一番組と改称された。 消防組を第二部。警防団を第三分団としていたが、昭和二二年に消防団・第三分団となった。 ・二番組 本町、油町 六部。 ・三番組 長町。八部、八分団。 ・本組 大沢川原 第七分団。 明治一三年一〇月に本町に本組が創設され、昭和一四年に第七分団となった。盛岡市の中心部の一四町会を担当する。 ・い組 八幡町、四分団 八幡町い組と称す。門前八幡通りで毎年奉納。 ・は組 一部、仙北町 ・と組 中野 明治二五年、東中野村で東組を結成。その後昭和一六年、盛岡市第一三分団となり東組の東をとってと組と称するようになった。 ・お組 太田 一九分団。 ・わ組 上厨川、前潟 ・か組 ・よ組 紺屋町 五部 寛永一〇年(一六三三)二七代の城主だった利直が北側に城下町を造り田町といったが、ここに三戸から民を移住させ。田印の火消し組をつくりた組が結成された。のちに参勤交代の供だった若衆が同じ田印の江戸神田のよ組と親しくなり「よ組」と称するようになった。 ・た組 浅岸 一四分団。 ・な組 本宮、大宮 ・の組 加賀野 ・や組 厨川、上堂 第一五分団。 ・青山組 青山町 一七分団 一七分団のほかに、青山、中堤、月ヶ丘、みたけ地区が加わる。 ・さ組 盛山会 神子田町 ・め組 鉈屋町 二部。 ・み組 ・城西組 中屋敷町 城西に位置することより名づけられた。 ・南大通二丁目 南大通二丁目 (順不同) □汎論 盛岡市は平安時代には桓武天皇の命により志波城が築かれ、安土桃山時代には南部氏が盛岡城を築き、次第に城下町として発展してきた。 盛岡八幡宮は盛岡の総鎮守で、創祀は康平五年(一〇五二)と伝わる古社である。 □文献資料 ・内史略
◆02364 盛岡山車資料館
◆06160 三つ石神社の磐坐 岩手県盛岡市 □汎論 盛岡市の東顕寺は、市内のの寺院の中で最も古い曹洞宗の寺院、開基は南北朝時代の一三八四年だという。盛岡市の保存建造物に、十一面観音菩薩座像、大黒天立像はいずれも盛岡市の指定文化財となっている。東顕寺と三つ石神社が併記されている道しるべがある。境内には注連縄を張った大磐が三つある。三つ石神社の名の由来でもある。磐坐と考えられるものだが、「岩手山が噴火したときに飛んで来た」とあるが、熔岩ではなく、三つの石が並ぶことはありえないから、もとは人手にかかって立てられたものであろう。 その磐の立て方に特徴があり、推定だが「ドルメン」だったのではないかと思量される。
◆01456 石割桜 岩手県盛岡市 □汎論 分割された磐。 盛岡地方裁判所構内に、平坦で巨大な磐のあいだから生育する桜があり、その姿があたかも石を割って生じたかのごとく見えるため、「石割桜」の名称があり、その生命力を讃えるような報道までされ多くの人を感嘆させている。 しかし、この磐は、古代に構築されたとき分割されていたものと考えられ、後年その間隙に、桜の種子が落ちて発芽、生育したものである。 磐の外見は、水流により角の取れた流麗なすがたで、いわゆる川石でおそらく北上川あるいは、古代の氾濫源にあった巨石をこの地まで運んで古代祭祀の対象としたと推定される。盛岡地方裁判所は盛岡城址のすぐ北、岩手県庁の西側に隣接している。
◇21410 さんさ踊りと囃子舞
●03202 宮古市 ◆01080 宮古祭 岩手県宮古市 □汎論 市民祭。舟山車が曳かれる。夏まつりも行われ、太鼓演奏、曳船祭、海上花火大会が行われる。
◇21409 黒森の山伏神楽 岩手県宮古市黒森
●03203 大船渡市 ◆05955 猪川天照御祖神社祭 岩手県大船渡市
◆05956 加茂神社祭 岩手県大船渡市 □祭は五月上旬。 およそ二〇臺くらい山車、屋臺が曳かれる。気仙地方最大規模の式年大祭。 □山車、屋臺 ・永井沢組 ・茶屋前組 ・須崎組 ・台町組 ・赤澤組 ・上山中央町組 ・富沢組 ・明神前組 ・南町組 ・北笹崎組 ・川原町組 山車(屋臺)を「定紋車」といい、山車の前面勾欄に定紋車の額を掲げる。 全体は水沢日高で曳かれる「火防祭」の山車に似ている。 屋根は殻破風、千鳥の油障子で半透明である。欄間には華麗な彫刻が施される。柱は前面が円柱、後部は角柱で朱色に塗る。 四段に構成された各段には男性の囃子方が乗り込み演奏が行われる。 ・平組 ・下宮下船渡組 ・地ノ森組 ・平七福神 ・明土組 ・田中権現(賀茂神社) ・八坂権現 ・永井沢権現 ・月山権現 ・地ノ森権現 ・屋敷組 □汎論 加茂神社式年大祭は、大船渡町五年祭ともいう
◆35673 五葉山の日の出岩 岩手県大船渡市 五葉山神社 □汎論 五葉山山頂にある磐座の中でも「日の出岩」とよばれる、メンヒル様の縦に立てられた巨磐は縦に三分割されている。磐の立て方、割り方は、あきらかに人工によるものである。日本各地に見られる磐座の中に見られるが、三分割された以外に人為的に加工された形跡がないのも、共通の法則といえるだろう。 ヨーロッパ、イギリス、フランスからアジアにいたる巨石遺構につかわれる石あるいは岩は、ひとつの遺跡を構成する構築物(メンヒル、ドルメン、スートーン・サークル、ストーン・ヘンジなど)のなかで大小かなり不ぞろいであるが、これをあえて加工した加工岩でないこともひとつの特徴として挙げられる。そのため、長い年月のあいだに、自然形成か、あるいは人工かと疑問を投げかける例がでてくる。
●03204 奥州市水沢区(旧水沢市) ◆00187 日高火防祭 岩手県奥州市水沢区 日高神社 □祭は4月下旬。 山車(囃子屋臺)を曳く。 □汎論 日高火防祭 屋臺はかって大屋臺とよばれ、九臺あっていうれも曳かれるが、もとは舁山で、百人あまりの人数で舁いたと言われる。屋臺の床が雛段式に作られていて、雛壇状の囃子屋臺には、裃をつけた可憐な女児たちが小太鼓を前に居並び、あたかも雛人形を思わせる可憐さである。 前面から小太鼓(一五からニ○人)、後方に三味線(五人)が振袖に肩衣姿で居並び、笛の伴奏で華やかな演奏をみせつつ運行する。日高囃子は、少女らにより演奏されるが、岩手県の無形民俗文化財に指定されている。 神幸は、従来六組の町印が打囃子をともなって先頭にたち、大屋臺の屋臺囃子、二五歳、四二歳の厄年連による俄がこれにつづいた。町印はもと六カ町が持つ町組の標識で、町を六組に編成した火消組に藩主が与えた文字である、鎮、定、防、火、心、仁が後年屋臺組の名に転じたといわれる。 町印は、柱の頭に「火の玉」と称する球形を載せ、その下に町名を書いた箱形や行燈、その下に一段大きな球形をつける。上下の球形部分には馬簾という花枝を放射状に挿し飾るが、以前はずいぶん大きく、柱に綱をかけ四方から引っぱって倒れないようにしながら巡行したという。 横町の例のように球形部分が笠状となるものがが古形態とされ、横町では二本の綱を付け頭巾を被った幼児二人が引いて先行する。 屋臺は、障子屋根をさしかけ単層吹抜の屋形四輪の囃子屋臺で、正面奥の棚には獅子頭を飾る。 旧水沢市は、高野長英、後藤新平、斎藤実らが出たことでもよく知られる。 □問い合わせ 奥州市水沢総合支所商工観光課 電話0197-24-2111
●03205 花巻市 ◆01239 花巻祭 岩手県花巻市城内 鳥谷崎神社(とがさきじんじゃ) □祭は九月上旬。 □山車 ・大通り二丁目 ・駅前大通り ・西大通り ・花北地区 ・双葉町 ・若葉町 ・吹張町一区 ・吹張町二区 ・里川口町 ・あさひ組 ・豊沢町 ・東町 ・上町 ・鍛冶町 ・末広町 □汎論 鳥谷ヶ崎神社(とやがさき)は花巻市のほぼ中央の高台東にあり、高台は花巻城跡地である。高台からはに北上川が望まれる。鳥谷崎神社の創祀は不明だが、城地に三社が祀られていたものを天文五年(一五三六)に城主の稗貫氏が併祀して鳥谷崎座三柱神社と改称した。祭は開藩以来続けられてきた長い歴史がある。 従前は高さ十三メートルにもおよぶ屋形山車が出ていたが、電線の架設で姿を消し風流山車となった。平成四年に開町四百年を記念して屋形山車が再現された。 祭には、山車連合パレード、花巻囃子踊り流し。葛神楽、上根子神楽、胡四王神楽 鉛古代神楽 円万寺神楽、下似内神楽など数々の神楽の奉納がある。 □山車文献資料 ・今昔 花巻まつり □問い合わせ 鳥谷崎神社 岩手県花巻市城内7-28 電話 0198-23-2030
◆01016 羽山 岩手県花巻市 羽山神社 □汎論 羽山は穏やかな曲線を描く山容で、神南備山と推定される。山頂に小石祀があり、山麓に羽山神社がある。羽山をご神体として麓に建てられた里宮である。 坂之上田村麻呂ゆかりの伝説がある台温泉(臺温泉)の東に位置する。台温泉は花巻の湯治場として長い歴史があり、いまも自炊のできる宿が数軒あるひなびた温泉郷である。
●03206 北上市 ◆01189 北上火防祭 岩手県北上市黒沢尻 秋葉神社 □祭は四月下旬。 山車を曳く。 □山車 ・三区 ・六区 ・七区 ・十二区 □汎論 岩手県には奥州市(旧水沢市)ほか数箇所で「火防祭」が行われる。 当地の秋葉神社もおなじ火防の祭である。 祭には早池峰神楽の流れを汲む「成田神楽」が披露される。江戸時代でも華やかだった、化政期(文化・文政期)に、花巻市石鳥谷町を経て伝わったといわれ「成田神楽保存会」 に継承されている。火防祭には北上市成田、花巻市成田で門付けがあり、花巻市の薬師神社、北上市の稲荷神社、八幡神社、愛宕神社にそれぞれ奉納される。 演目には、鳥舞、翁舞、三番叟舞、八幡舞、山神舞、岩戸開舞、客僧、蕨折、松向、天下り、大蛇退治、権現舞などがある。
●03207 久慈市 ◆00646 久慈秋祭 岩手県久慈市 大神宮 秋葉神社 巽山神社 三社の合同祭 祭神 □祭は九月下旬。 □山車 ・中組山車組 ・上組山車組 ・新町組山車組 ・本町山車組 ・巽町山車組 ・に組山車組 ・め組山車組 ・備前山車組 (順不同) □汎論 大神宮、秋葉神社、巽山神社の三社合同で齋行される。山車は「見立山車」で、毎年題を定めて、意欲的な山車を創作する。 久慈の山車は御神輿に随行する神々が乗るとされる。市内にアンバー(琥珀)を産する。琥珀の産出は古くから知られ、縄文時代の遺跡から出土する。青森県八戸以南の遺跡から秋田県におよぶが、青森県には琥珀の産出地が見当たらず、久慈産と考えられている。奈良時代には奈良の都に献上されていた。正倉院に保存品があり古い歴史がある。久慈から大和に琥珀を献上する使者が通った道は「アンバー・ロード(琥珀の道)」として近年話題になった。琥珀のでる坑道は公開されていて、埋没した琥珀の現状を見ることができる。琥珀博物館やアクセサリーの店もあって、女性の人気を集めている。
◇05052 神明宮祭 岩手県久慈市
●03208 遠野市 ◆00609 遠野祭 岩手県遠野市 八幡社 □汎論 『遠野物語』でよく知られる民話の里遠野。 遠野祭で曳かれる山車は、唐破風屋根のある単層の屋臺型四輪車で、前後に長く前部は一段低く構える。水沢の火防祭の山車に似ている。朱色に塗られ勾欄がつけられるが、前面は開口しない。 山車では南部囃子が演奏される。藩主南部直栄公が京都で祇園祭をみて感動し、遠野に帰ってはじめたと言い伝える。祇園囃子というが京都の祇園囃子とはいささか異なるようである。 囃子は調子のゆったりした優雅な曲で、昇り囃子の通りと、降り囃子があり、踊り子が赤い着物、赤い脚半で踊りを流す。
◇21413 遠野の青笹獅子踊 岩手県遠野市
●03209 一関市 ◆01184 自鏡山 岩手県一関市萩荘市野々地区 吾勝神社 □汎論 自鏡山は、標高三一四メートル。山をご神体とする神南備山と推定され、麓に里宮である吾勝神社が建立されている。創祀の由緒は不明であるが、修験の地として古い歴史があり、自鏡山金剛院は、修験が廃されるまで自鏡山を道場としてきた。現在も岩手県の各所で行われる「南部神楽」の発祥の地とされる。 吾勝神社は自鏡山の創祀時からの神社ではなく後祀と推定される。祭神が不明であるが、おそらく、マサカツアガツカチハヤヒアメノオシホノミミノミコト(正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命)であろう。マサカツアガツカチハヤヒアメノオシホノミミノミコト(正勝吾勝勝速日天之忍穂耳)の表記は古事記により、日本書紀ではアメノオシホノミミノミコト(天之忍穂耳命)である。『古事記』では、アマテラスオオミカミとスサノオノミコトとのあいだで取り交わされた誓約(うけい)により生まれた五皇子の長男とされる(『日本書紀』では次男)。
●03210 陸前高田市 ◆00606 陸前高田けんか七夕 □所在地 陸前高田市 □祭 □山車 山車。 四臺が曳かれる。 □汎論 陸前高田けんか七夕には、華やかな山車が四臺惹かれていたが、東北大震災の罹災により三臺が失われた。
●03211 釜石市 ◆00657 釜石曳舟祭 岩手県釜石市
●03212 江刺市 ◆01188 江刺火防祭 岩手県江刺市 秋葉神社 □祭は五月上旬。 □山車(屋臺) ・本町 ・六日町 ・中町 ・一親会 ・大通り ・川原町 ・南栄会 ・男石 ・南大通り、 (順不同) □汎論 火伏せの神祭秋葉神を祭る神社。 祭には多数の人たちによる江刺甚句の流し踊りがある。 □郷土藝能 江刺甚句
●03213 二戸市 ◆01186 福田の人形送り 岩手県二戸市上斗米中沢地区 蒼前神社 □祭は八月上旬。 □汎論 二戸市上斗米の中沢地区で行われる虫追い祭には、藁で五尺ほど(約一・五メートル)の人形をつくって地区内をまわる。人形は人が恐れる病や災いを身代わりになって受け止めてくれるもので一種の形代と考えられる。 群馬県の中条町では一月に虫追い祭が行われ太鼓臺が曳かれる。長野県松本市の入山辺では、厩所の藁馬引きといい、藁で馬をつくって貧乏神送りをする。
◆01187 三社合同例祭 岩手県二戸市 呑香稲荷神社 愛宕神社 秋葉神社 □祭は九月上旬 □山車 ・在八町内会若者連 ・五日町若者連 ・川又若者連 ・長嶺祭典実行委員会 ・田町町内会 ・秋葉若者連 ・愛宕山車若者連 ・二戸市役所お祭り同好会 ・は組若者連 ・松の丸幼稚園小若組 □汎論 山車九臺を曳く。山車は見立て山車といわれる風流山車で、米とそ更新される。このほか山車を借りて曳く、借臺がある。
●03301 雫石町
●03302 葛巻町 ◆01612 葛巻秋祭 岩手県岩手郡葛巻町 八幡宮 □祭は九月中旬 人形山車四臺を曳く □山車 ・浦子内組、 ・茶屋場組 ・下町組 ・新町組 □問い合わせ 葛巻町観光協会 電話 0195-66-2111
●03303 岩手町 ◆01639 沼宮内稲荷神社例大祭 岩手県岩手郡岩手町 沼宮内稲荷神社 □祭は一〇月上旬。 屋臺、南部風流山車を曳く。 □山車 ・ろ組 苗代沢 ・の組 野口町 ・新町組 城山通り ・大町組 大町 休止期を経て 昭和四十九年に復活。以後はほぼ毎年山車が奉納される。南部風流山車はすべて組員の手で作られている。 ・愛宕組 愛宕下 ・北上川清流太鼓 □汎論 記録を見ると、大正十五年愛宕組の碇知盛、の組の稲荷神社狛犬にはじまり、め組の喧嘩、丹下左膳、源為朝公、里見八犬伝、鍾馗大神、幡隋院長兵衛、七福神宝船、勧進帳、松前鉄之助、日本銀次、碁盤忠信、碇知盛 草摺引、村上義光、日吉丸、馬術の曲垣平九郎、歌舞伎十八番より 暫、仁田四郎忠常、鯉の滝登り、牛若と弁慶、有馬の猫騒動、児雷也、忠臣蔵の大高源吾、相馬大作、梶原源太景季、武田の軍師山本勘輔、アポロ11号、先代萩の正岡、菅原伝授手習鑑より車引き、二見ヶ浦、那須与一、毛剃九右衛門、仁木弾正、黒田武士、相馬大作、楠公湊川の戦、牛若丸、織田信長本能寺の変、養老の滝、藤娘、遠山桜、義経八艘飛び、石割桜、弁慶牛若五条の橋、酒造り、釣鐘弁慶、佐々木高綱、宇治川先陣争い、村上義光、扇の的を射る那須與一、川中島の龍虎の戦い、金山踊り、坂上田村麻呂、棒しばり、四ツ車大八、鏡獅子、源為朝、桃太郎侍、織田信長の小姓森蘭丸、猩々、平家物語の鵯越の逆落とし、さんさ踊り、浦島太郎、一の谷の弁慶、信州戸隠の紅葉狩り、丸橋忠弥井戸端、畠山重忠、桂川力蔵、養老の滝、新田義貞、豊年踊り、毛剃九右衛門、飛翔義経、児島高徳、桃太郎、羅生門、北上川船下り、朝比奈三郎義秀、花咲爺歌舞伎十八番の内 勧進帳、吉例寿曽我、新門の辰五郎、釣鐘の景清、四条畷の楠正行、歌舞伎十八番の内 勧進帳の六法、祝盃、ゆはずの泉、甚句踊り、雨の曽我五郎、大町組、義経屋島の戦、連獅子、白拍子、静御前、歌舞伎十八番の内 勧進帳の勧進趣意書、二見ヶ浦鳥居前、静の舞、花川戸助六、雨の五郎、安倍貞任、歌舞伎十八番の内 矢の根、京鹿子娘道成寺、木曾義仲と巴御前。 などはなはだ多彩である。過去の多くは盛岡市からの借臺が目立ち、近年組内での自作が多くなってきている。
◆03629 川口秋まつり 岩手県岩手町
●03304 西根町 ◆02373 西根八坂神社祭 □社名 八坂神社 □所在地 岩手県八幡平市(旧西根町) □祭神 □祭は七月中旬。 □山車 一臺を曳く。 ・大更 □汎論
●03305 滝沢村 ◆02374 滝沢山車祭 岩手県滝沢村 □汎論 滝沢山車祭は神社に係属しない市民祭として行われる。長根、巣子地区の住民の手で山車を作って曳く。近年はじめられ継続して行われている。
●03306 松尾村
●03307 玉山村
●03321 紫波町 ◆02375 志賀理和気神社祭 岩手県紫波郡紫波町桜町字本町川原 志賀理和気神社(しがりわけじんじゃ) □祭神 フツヌシノミコト 經津主命 タケミカヅチノミコト 武甕槌命 合祀 オオナムチノミコト 大己貴命 スクナヒコナノミコト 少彦名命 サルタヒコノミコト 猿田彦命 ウケモチノカミ 保食神 フナタマノミコト 船靈命 □祭は九月上旬。 □山車 ・上組 ・下組 ・一番組 ・橋本組 □汎論 志賀理和気神社(しがりわけじんじゃ)は、延喜式神名帳に記載される古社。延暦二十三年(八〇四)、坂上田村麿が東北開拓の守護神として、香取・鹿島の二神を勧請して創祀したと伝わるがが、出雲系の神々が鎮座し、こちらのほうが祭神として古いのではないかと疑問がある。社名は、「しがりわけ」「しがりわき」「しかりわけ」などと称されてきたといわれるが、現在は「しがりわけじんじゃ」と称される。 境内に「赤石」と呼ばれる霊石があり、斯波孫三郎詮直公が北上川で見つけた紫の石で、水波が紫色になったといい、この霊石が地名の紫波になったといわれる。もとは社殿のうしろにあったが、現在は移動し玉垣でかこわれている。佐渡の「赤玉石」とは同質のものだろうか。
◆05059 志和八幡宮祭 岩手県紫波郡紫波町上平沢 志和八幡宮 □祭は九月 □山車 現在は一臺を曳く。古くは数臺惹かれたと伝わる。 □汎論 志和八幡宮には、寒中に「裸参りの神事」が行われる。
●03322 矢巾町
●03341 大迫町 ◆00322 大迫行燈祭 岩手県大迫町 岩手県花巻市大迫町 □祭は八月中旬。 行燈を乗せた山車四臺を曳く。 □汎論 花巻市大迫町で、盆の伝統行事として行われる、行燈祭(あんどんまつり)は、天保の大恐慌で、餓死した人たちの霊を弔うため行われるようになったという。祭には、太鼓、音頭上げの競演、大迫音頭の踊りが行われる。 天保の大飢饉は天明期の飢饉に次ぐ悲惨なもので、しかも波状的に繰り返し、翌年の種籾まで食い尽くすという惨状で。飢饉は全国に及んだが、東北地方は冷涼な気候と相俟って被害者の数が多かった。 大迫町の大行燈は、富山県福野町の夜高、新潟県弥彦神社の行燈、秋田県野沢町の行燈、大行燈は青森県各地に見られるねぶた、ねぷたに移行する祖形とも考えられる。 □問い合わせ 花巻市観光課 電話 0198-24-2111
●03342 石鳥谷町 ◆02040 石鳥谷祭 岩手県石鳥谷町
●03361 東和町 ◇02377 東和町 岩手県東和町
◇21408 軽石人形 岩手県東和町
●03363 湯田町
●03365 沢内村
●03381 金ヶ崎町 ◆02378 諏訪神社祭 □社名 諏訪神社 □所在地 岩手県胆沢郡金ケ崎町 □祭神 □祭は四月下旬。 □山車 山車一対を曳く。 ・町下 つぎは従前曳かれていたが、現在は休止している。 ・南町 ・矢来 ・諏訪小路 ・栄町 ・町上 (順不同) □汎論 金ケ崎諏訪神社は、最近では金ケ崎神社と呼ばれることが多い。 しかし、その創祀の歴史は古く、源頼義が阿部氏と戦った、平安時代後期の【前九年の役、一〇五一−一〇六二】のとき、戦勝を祈願し信州の諏訪大社から分霊を受けて祀ったと伝え、社地は、頼義が陣を張ったところだといわれる。 金ケ崎町の表記は、【金ケ崎町】で、金ヶ崎町と書くのは誤りである。
●03382 前沢町
●03383 胆沢町
●03384 衣川村
●03401 花泉町
●03402 平泉町 ◇21412 中尊寺故実舞 岩手県平泉町
◆21415 毛越寺の延年 岩手県平泉町
●03421 大東町
●03422 藤沢町
●03423 一関市(旧千厩町) ◆02380 千厩夏祭 岩手県一関市(旧千厩町) □祭は七月下旬。 □山車 十臺を曳く ・第三町内会 ・区自治会 ・新町地区自治会 ・区夏まつり実行委員会 ・千厩地方振興局 ・三沢自治会 ・愛宕振興会 ・千厩町役場 ・清田振興会 ・東栄町振興会 □汎論 千厩夏祭は、「山車と踊りのパレード」として行われる市民祭。千厩音頭と千厩小唄の流し踊りにはじまり、七夕飾り、学生たちの吹奏楽、太鼓競演、沖縄のエイサーまで登場している。山車は毎年主題を決めてつくられ、近年は十五臺ほど出ている。
●03424 東山町
●03425 室根村 ◆01695 室根神社特別大祭 岩手県室根村折壁
●03426 川崎村
●03441 住田町 ◆05955 猪川天照御祖神社祭 □社名 猪川天照御祖神社 □所在地 岩手県住田町 □祭神 アマテラスオオミカミ 天照皇太神 クマダイゴンゲン 熊大権現 テンマンダイジザイテンジン 天満大自在天神 明治期に八坂神社が合祀されている。 □祭は五月上旬。 □山車 山車 ・上組 ・下組 ・中沢 ・東峰(あずまね) (順不同) □汎論 猪川天照御祖神社の創祀は、和山の祠を寛政年間(一七八九−一八〇〇)に遷座したと伝わる。大祭は三年に一度齋行される。
●03442 三陸町
●03461 大槌町 ◆01748 小槌神社祭 岩手県大槌町
●03462 遠野市(旧宮守村) ◆02381 砥森神社祭 □社名 砥森神社 □所在地 遠野市(旧宮守村)宮守町字下宮守 □祭神 ヤマトタケルノミコト 日本武尊 □祭は九月下旬。 □山車 山車 一臺が出る。 □汎論 砥森神社の創祀は不明。蝦夷征伐に向かった坂上田村麻呂が、当地にいたったとき、砥森山頂より鳥瞰したとの逸話があり、当山頂に祭神を祀ったのにはじまるとしている。しかし由緒はさらに古く、砥森山は神奈備山だったと考えられる。
●03481 田老町
●03482 山田町
●03483 岩泉町 ◆02382 岩泉大神宮祭 □社名 岩泉大神宮 □所在地 岩手県下閉伊郡岩泉町 □祭神 □祭は九月上旬。 □山車 山車 ・上町 ・沢廻 ・三本松 □汎論 岩泉町内の安家洞は日本最長の洞窟で知られる。町内の道路からは各所に洞窟の開口部が見られる。宇霊羅山にある【龍泉洞】は日本三大鍾乳洞に数えられ、洞窟内には深く水をたたえた洞窟湖があり全国でも屈指の透明度を誇り、溢れた水は洞窟の入口から流出している。また町内には清冽な湧き水がある。 この石灰岩質の岩山、湧水は、そのまま知名にも通じるが、岩手県内の【泉】の名称は、平泉、岩泉などに見られるが、筆者はこの名称は古代の、九州福岡県の怡土(いと)、伊都、糸島、島根県の出雲、大阪府の和泉、静岡県の伊豆、そして岩手県の【泉】にいたる、古代出雲氏族の繁栄した地と推理している。
●03484 田野畑村
●03485 普代村 ◆02383 普代祭 岩手県普代村
●03486 新里村
●03487 川井村
●03501 軽米町 ◆02384 軽米八幡宮例大祭 □社名 軽米八幡宮 □所在地 岩手県九戸郡軽米町 □祭神 □祭は九月中旬。 □山車 山車七臺を曳く。 ・蓮台野 芙蓉団 ・仲町 義組 ・上新町 上新町団 ・下新町 大正団 ・本町 新栄団 ・大町 協誠団 ・荒町 光栄団 (順不同) □汎論 軽米町は岩手県の北部にある町。軽米八幡宮の創祀は不明。現社地は、大正初期に大正天皇即位による御大典記念として遷座し、社殿も新しくなった。軽米八幡宮例大祭が行われ山車が曳かれる。山車は、すべて借臺であるが、借受先は一定しておらず、勝買い受けた旧態のままではなく前部を囃座とし、祭囃子を演奏する。 八幡神社の祭礼を、祗園祭とよぶところがある。八幡神社の祭神はオウジンテンノウ(應神天皇)、ジングウコウゴウ(神功皇后)などであるが、祗園祭を行う八坂神社等の祭神は、ゴズテンノウ(牛頭天王)、あるいはスサノオノミコト(素盞嗚命)であって、誤りであるが、八幡神社の祭で山車を曳くのは、疫病祓の思想があり、従来御祓いにより、生活環境をお清めしていただくのが趣旨であった。現代はこれが俗化し、山車を曳いて家々を訪れるのを【門付け】と呼ぶようになってきている。 □参考 次を参考にさせていただきました ◇岩手県軽米町の秋祭り http://sutekinaomaturi.fc2web.com/karumai.html □問い合わせ 軽米秋まつり実行委員会(軽米町産業振興課) 電話 0195-46-4746
●03502 種市町
●03503 野田村 ◆02385 愛宕神社祭 □社名 愛宕神社 □所在地 岩手県九戸郡野田村 □祭神 □祭は八月下旬 □山車 山車 ・上組 ・中組 ・下組 (順不同) □汎論 江戸時代を通じて四大飢饉と呼ばれる飢饉の年がある。 寛永の大飢饉は、寛永十九年(一六四二)ー寛永二〇年(一六四三)におこり。大雨、洪水、旱魃、霜、虫害など全国的な異常気象だったと伝わり東北地方の被害が甚大であった。、 享保の大飢饉は、享保十七年(一七三二)におこり、冷夏と虫害 により、とくに中国、四国、九州地方、なかでも瀬戸内海沿岸一帯は悲惨な状況だったと伝わる。 天明の大飢饉は、天明二年(一七八二)ー天明七年(一七八七) は、冷害による被害が大きかったと伝わるその原因は浅間山、またアイスランドのラキ火山の噴火などによるものだとの研究がある。この飢饉では東北地方が激甚被害を受けた。 天保の大飢饉は、天保三年(一八三三)ー天保一〇年(一八三九)にかけて波状的に反復し、例外の翌年は大飢饉となり、猛暑であるはずの夏に霜が降り、雪が舞う冷害で、野山に青いものを見なかったとまで伝わる。この飢饉では、やはり東北地方の被害が激甚であった。 ほかにも元和飢饉、元和五年(一六一九)。延宝飢饉、延宝三年(一六七五)、延宝八年(一六八〇)。元禄飢饉(一六九一−一六九五)。宝暦飢饉(一七五三−一七五七)などの大飢饉が伝わる。 東北地方ではこの天災に加え地震と津波が起きている。 全国的に共通するが、飢饉の年は大火が起きた。東北地方には盛岡、水沢、北上などでは火消組が整備され、火防祭が行われてきた。火防の神である秋葉神社、愛宕神社などからご神霊の分祀を受けて祀られた神社はたくさん見られる。 この大飢饉の年は、また悪疫の蔓延したじきでもあった。
●03504 山形村
●03505 洋野町(旧大野村) ◆02386 鳴雷神社例大祭 岩手県九戸郡洋野町大野 鳴雷神社(なるいかづちじんじゃ) □祭は八月中旬。 山車(風流山車)を曳く。 □汎論 洋野町は、岩手県の北部にある。 鳴雷神社の創祀は宝暦八年(一七五六)。京都上賀茂の賀茂別神社の今宮として明治四年(一八七一)に村社となっている。拝殿には、向拝正面(唐破風下)には、躍動感のある、風袋をもつ風神、太鼓をもつ雷神が彫られ、脇障子の唐獅子と牡丹。拝殿正面隅柱には作風の異なる獏(象)など見事な彫刻が見られる。 風流山車は二臺ある。 □郷土藝能 おおの駒踊り □問い合わせ 洋野町企画商工課 電話 0194-77-2111
●03506 九戸村 ◆05961 熊野神社祭 岩手県九戸村
●03521 浄法寺町 ◆02387 浄法寺神明社祭 □社名 浄法寺神明社 □所在地 □祭神 □祭は九月中旬。 □山車 山車 ・上組 ・中組 ・下組 (順不同) □汎論 浄法寺神明社の祭礼で曳かれる山車は一戸祭で引けれたものを借りてくる、いわゆる借臺である。
●03523 安代町
●03524 一戸町 ◆05968 八坂神社祭 岩手県一戸町
◆05967 小鳥谷八幡神社祭 岩手県一戸町 八幡神社 □祭は九月下旬あるいは一〇月上旬。 山車一臺を曳く。 □汎論 一戸町小鳥谷地区の小鳥谷祭には従来山車があったが、交通事情などから曳行が休止されていた。国道四号線にバイパスが完成し、近年四〇年ぶりに復活。曳行された。 十和田八幡宮の神楽は、天保年間に南部小鳥谷の舞太夫で 松之助を招いた。松之助は、数ケ年切田の土地に滞在し、村人たちと同じようね生活しながら、七十五番の神楽、 各曲目の拍子舞などすべてを教授したと伝わる。
* 行政コード番号は従前のままです。 20130105 更新
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