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日本の山車 日本の山車
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標題の写真説明
2014-07-01
  北海道
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  表題の写真説明
 ボックスのタイトル : 関東
 題名 : ◆茨城県

日本の山車 茨城県

茨城県総論
●08201 水戸市
◆02158 水戸東照宮祭礼
 江戸時代祭礼は四月十七日に行われた。『新編常陸國誌』宝暦二年(一七五ニ)をみると、笠鉾、通りものが主となる練物の祭だったことがわかる。練物は、同心二一人の露払を先頭に、牽馬、榊、獅子二頭
それに大小の鉾、各町の出しものがつづく。資料が古いので判読困難であるが、読めるところを書き出すと、次のようになっている。
・向町 長刀つかい十人
・新大工町 母衣(ほろ)五人
・久保町 塩汲四人
・本壱町目 吹流(木遣り、太鼓打ち)
・本二町目 笠鉾鐘馗
・田中町 花桶十荷
・本三町目 笠鉾一本
・本四町目 笠鉾 佐野源左衛門出陣を女房が見送る場面、笠鉾、唐獅子舞、塩汲
・本五町目 笠鉾
・本六町目 笠鉾 平将門遊女舞を見る場面。笠鉾、貞盛、将門の館へ忍び入る場面
伊勢参三人
・台町、藤柄町 笠鉾、富士左京浅間左衛門と奏楽する場、母衣
・吉田大工町 笠鉾、天の岩戸。
・白銀町 笠鉾、俵藤田、瀬田の橋で龍に会う場面
・本七町目 笠鉾、京都賀茂競馬の場、愛宕参三人
・裏七町目 飛脚三人、巡礼五人
・挽木町 巡礼二
・泉町 屋体一つ
・本大工町 花桶六荷
・裏五町目 子供六人
・塩町 笠鉾
・六町目 子供五人、鎧を着て陣笠をかぶる
・下新町 笠鉾
・曲尺手町 笠鉾
・赤沼町、鍛冶町 笠鉾
・八町目 笠鉾
・九町目 母衣一つ
・十町目 高足二人
・楢屋町 母衣四
・神楽獅子 
□山車文献資料
新編常陸國誌
水戸御祭礼図 大形の絵巻五巻
水戸下市御用留(茨城大学附属図書館蔵)

◆02452 吉田神社祭
□社名 吉田神社
□所在地 茨城県水戸市宮内町
□祭神
ヤマトタケルノミコト 日本武尊
二所別宮
 笠原神社
 酒門神社
境内社
 国見神社
 早歳神社
 飯神社
 水戸神社
 稲荷神社
 住吉神社
 吉田天満宮
 松尾神社
 八幡宮
 大国主 事代主神社
 疱瘡守護神社
 多賀神社
 土師神社
 皇太神宮
□祭は十月中旬。  
□山車
山車、屋臺、ささら。
山車
・藤柄町若連
本座人形は鐘馗(しょうき)
屋臺
・本町
・本町五丁目
・紺屋町若連
・大鳳会
・駅南山の会
・一里塚若連
ささら
・台町
(順不同)
□汎論
 吉田神社は、常陸国内第三社と呼ばれてきた水戸の産土神である。
創祀は不明。社記によると、正安四年(一三〇一)は、創祀以来八〇〇余年に当たるとあり、その時期は顕宗天皇期(四八五)から仁賢天皇期(四九八)の間にあたると推定されている。日本武尊が東夷の帰途、当所朝日山にある三角山で休憩されたとの伝承がある。多くの境内社があり、勘案すると、出雲系の神、皇室系の神、また土地神の名も見える。過去の合祀や併祀の歴史は不明であるが、皇室系の神が祀られたあとに出雲系の神々が祀られることは考えられないから、古くは出雲系の神が祀られる神社だったかもしれない。
□参考
次を参考にさせていただきました。
・茨城県水戸市、常陸第三宮 吉田神社の公式ホームページ
http://www.yoshidajinja.jp/

◆00820 大串稲荷神社祭
□社名 大串稲荷神社
□所在地 茨城県水戸市
□祭神
ウカノミタマノミコト 倉稲魂命
□祭は十一月下旬。  
□山車
山車
□汎論
 大串稲荷神社は水戸市の東部にあり、そのすぐ東は広々とした海原がひろがる大洗海岸である。水戸市と合併される以前は常澄村であった。神社の創祀は不明である。祭神ウカノミタマノミコト(倉稲魂命)は京都府伏見区の伏見稲荷大社に祀られ全国にも三−四万社はあろうといわれる秦氏を始祖とする神社。その祭神が祀られていることは、他の稲荷神社と同じように、古代は出雲系氏族が割拠した土地だったと考えられる。
 神社の民俗藝能に【大串のささらばやし】がある。江戸時代中期頃に始まったとされ、祭礼に奉納される他県には見られない獅子舞で、底なし舞臺の中で、竹竿に獅子頭をつけ、機巧(からくり)により舞わせるもので、【棒ささら】とよばれる。雄獅子、雌獅子、子獅子が、囃方の大太鼓、小太鼓、鉦子、笛、唄にあわせて獅子舞を行い、天下泰平、無病息災、五穀豊穣を願う。国の無形民俗文化財、また茨城県の県無形民俗文化財に指定され、大串町ささらばやし保存会によって継承されている。

◇21399 大串の散々楽と大野の弥勒

●08202 日立市
◆00073 神峰神社祭(日立風流物)
茨城県日立市
神峰神社
□祭は五月上旬(不定期)。
□山車
・東町
・北町
・本町
・西町
□汎論
大型風流山車四臺を曳く。
山車・日立風流物(ひたちふうりゅうもの)、四臺が止められると城郭の五層が中央から左右に分割されて舞臺となる、この五層の舞臺で一幕の物語が、からくり人形により同時進行で巧みに演じられる。那須野与一が射た矢は、観客の方に飛んでくる。多数の観客にまじって観覧していたところ、たまたまこの矢が飛んでくる僥倖にあったことがある。矢には神峰神社の朱文字があった。
高台にある、神峰神社から町を見下ろすと、民家の屋根を抜き出たおおきな山が曳かれて移動するのが見られる。
山車(日立風流物)は国内有数のおおきな山車で、昔は宮田風流物といった。起源は不詳とされるが、元禄八年(一六九五)に徳川光圀公の命により、神峰神社の世直し祭に氏子たちが山車を繰り出した記録が残っている。山車は不定期に曳かれているが、一般に世の中が不景気になると曳かれることから「世直し祭」の名がある。
山車藝能として人形芝居が始まったのは享保年間(一七三五年頃)と伝えられ、長い歴史がある。
山車・日立風流物の全体構造は、大きな山を背にした城郭形で、表裏にまったく異なる仕掛けがある。表山の五層唐破風造の館は、中央より左右に割れ開く仕組みになっており、源平盛衰記、風流太平記、仮名手本忠臣蔵、太閣記など時代絵巻をからくり人形芝居が四十名ほどの人数で行われる。山車は臺車上で一八〇度水平に回転し、裏山でも山を背にした民話、おとぎ話などの人形芝居が演じられる。
見事な囃子の演奏があり、からくり人形の奉納が終わったあと、山車の前で演奏が披露される。
戦争で中断したが、その後復興した。日立風流物は近隣に二、三の例があったようだが、いまは行われていない。
日立郷土芸能保存会(茨城県日立市宮田町五−一−一)からいただいたパンフレットによると、
高さ、十五メートル
幅、三メートルら八メートル
奥行き、八メートル
重量 五トン
とある。
国指定の重要有形無形民俗文化財となっている。
□問い合わせ
日立市観光協会
電話0294-22-3111

◆00764 日立小木津
茨城県日立小木津

◆00765 日立河原子
茨城県日立市河原子

◆01595 竪破山の太刀割石
茨城県日立市(旧十王町)
黒前神社
□祭神
クロサカノミコト 黒坂命
□汎論
 分割された磐。
 竪破山は、角枯山(つのかれやま)ともいい、標高は六五八メートルである。
 竪破山(たつわれさん)に祀られる黒前神社(くろさきじんじゃ)は、クロサカノミコト(黒坂命)を祀る神社である。クロサカノミコトは、『常陸風土記』に、東征の途次この地で死去したとある。
 山中には、不動石刀割石、甲石(堅破和光石)、烏帽子石、神楽石、胎内石、畳石(腰掛け畳石)、舟石など七つの巨石遺構が存在し、龍馬滝、不動滝(奈々久良滝)、剣滝の三つの滝をあわせ、七奇石三瀑と呼んでいる。
とりわけ目を惹くのが二つに分断された巨石で、山頂近くに分断された磐面が上を向いているが、綺麗に整った平面になっている。一方の岩は分断平面を垂直に見せ立っている。源義家が戦勝祈願のさい太刀で割ったとされる太刀割石で、徳川光圀の命名だと伝えられる。竪破山の山名も太刀割石にちなむといわれるが、いまは倒れている磐ももとは二つの磐が並び立っていたといわれる。竪破山南面には大きな崩壊地で、崩落崖となっている。この崩壊作用で一方の磐にも物理的な作用が働いたかもしれない。もとは、分割された磐の遺構といえよう。

●08203 土浦市
◆01135 土浦八坂神社神輿巡幸
茨城県土浦市
土浦八坂神社
□祭は七月下旬。
山車(山車、屋臺、獅子屋臺)を曳く。
□山車
・桜町一丁目
獅子屋臺
・桜町二丁目
踊屋臺。昭和五十四年の建造。
・桜町三丁目
人形山車。本坐人形は神武天皇。
・桜町四丁目
人形山車。
本坐人形は卑弥呼
山車囃子は岩井神田囃子連
・中央一丁目
踊屋臺。昭和二十七年に内西町賀建造した屋臺。
従前は中城であったが、内西と合併し中央一丁目となった。
・中央二丁目
踊屋臺。
昭和二十七年に鷹匠町が建造。
・文京町
獅子屋台臺。
昭和五十八年の建造。
・生田町
新城組の山車を借りる。山車囃はも新川囃子。
従来は獅子屋臺だった。
・千束町
囃子連は新川囃子新城組。
もとは獅子屋臺だった。
・田中一丁目
平成十六年の建造。
囃子連は新川囃子新友組社中。
・田中二丁目
昭和六十三年に屋臺を建造調。平成十四年に山車に改修。
・大町
平成十三年年に、真鍋新町で惹かれていた山車を譲り受け。
本坐人形は素盞嗚命。安本亀八の作。
・大手町
踊屋臺。昭和五十五年の建造。
・立田町
獅子屋臺。平成十三年の建造。
(順不同)
□汎論
 二〇の氏子町があり、山車は区域を四分割して当番地区曳行を執行する。
山車はおおまかに人形山車、獅子屋臺、囃子屋臺(踊屋臺)の三態様がある。
 人形山車は関東各地で見られる旧江戸で曳かれた山車の形態を踏襲し、競り上げ三層構造で上臺に本坐人形が乗る。獅子屋臺は石岡総社祭で曳かれる屋臺の前面に大きな油単をかけ、山車全体をひとつの獅子に見立てる形態。囃子屋臺(踊屋臺)は山車の前部を藝坐(舞臺)に見立て、熟練した手踊り、伝統の山車囃子を演奏する形態である。
 山車の曳行は相当以前から行われたらしいが、山車の老朽化による更新建造、市街地の発展などで旧資料が失われていて、詳細は不明。現在曳かれる山車はいずれも新しくなっている。大杉囃子(阿波囃子)の本場に近く、みごとな山車囃子が演奏される。

●08204 古河市

●08205 石岡市
◆00304 常陸国総社宮大祭
茨城県石岡市
常陸国総社宮
□祭神
イザナギノミコト 伊邪那岐命
スサノオノミコト 素盞鳴尊
ニニギノミコト 瓊瓊杵尊
オオクニヌシノミコト 大国主命
オオミヤヒメノミコト 大宮比売命
フルノオオカミ 布瑠大神
□祭は九月下旬。
さまざまな態様の山車を曳く。
□山車
・神武天皇青木町
・八幡太郎若松町
・仁徳天皇国分町
・鍾旭泉町
・日本武尊中町
中町の日本武尊は明治三十四年の策といいもっとも古い。
・聖徳太香丸町子
・挑太郎太小路町
・静御前守横町
・新田義貞東大橋
・獅子頭東光台
・弁財天金丸町
金丸町の前代弁財天は大正十一年に東京日本橋の魚河岸で曳いていた山車を取得したものだったが、現在はほとんど改修されている。
石岡総社祭には多くの獅子が曳かれる。馬車の車体を臺車にした獅子小屋と呼ぶ屋臺をすべて油単で覆った大きな獅子で、長野県南木曾薮原、鹿児島県などに類型がある。現在は十五頭ほどの大獅子に子供獅子を加え、およそ三〇臺の獅子が練る。
□汎論
 石岡祭は常陸総社宮の例祭で曳山や獅子舞が年番町に設けた仮殿に渡御する神輿に随行して曳く。娘たちの金棒曳きが先頭に立ち、片肌ぬぎで花笠を背負った若者が山車を曳く。山車(曳山)は人形を乗せた江戸型山車など十三臺。
 江戸時代、府中平村の鎮守であった天王社の祇園祭を継ぎ、明治三十五年に氏子十六町による年番制ができて、総社祭はすなわち石岡祭となった。
祇園祭は町の経済的発展を背景に宝暦から明和期に盛んになり、天明四年(一七八四)青木町の医師だった山口仙栄の「常府古跡案内しるべ」によれば、六月十三日に神輿が高浜へ出御し祭典を行う。「御浜下り」という。この日は仮屋に留まり、翌十四日に還御する。町中より思いおもいに「つくりもの」を出し、鳴物を揃え、警固の人々は羽織袴着し御供す」とある。
町々のつくりものは、『石岡市史』の、明和年間代史料によると
十四日ぎおん御祭礼之次第
 一番 ささら 富田
 二番 やたいおどり 中町
 三番 子共おどり 香丸
 四番 子共おどり 守木
 五番 みろく 木之地
 六番 ふし 泉町
 七番 田打おどり 幸町
 八番 ほうさい 青木
 九番 かさほこ 若松町
 十番 ほろ 中之内
十一番 人ささら 金丸
となっている。

◆35672 加波山の磐座
茨城県桜川市と石岡市の境界。
加波山神社本宮(加波山三枝祇神社) 通称「本宮」
加波山神社中宮(加波山神社) 通称「中宮」
加波山神社親宮(加波山三枝祇神社) 通称「親宮」
□汎論
 分割された磐。
 加波山(かばさん)は古くは神母山、神場山、神庭山などの文字があてられている。筑波山の北、桜川市と石岡市の境界に位置し、標高は七〇九メートルである。長い信仰の歴史がありそのあとが見られるが、現在山頂には加波山神社の本宮本殿、中宮本殿、親宮本殿の独立した三社がある。
 加波山神社本宮 (本宮)は、西麓桜川市長岡に里宮がある。
 加波山神社中宮 (中宮)は、東麓の石岡市大塚に里宮がある。近年、長岡にも新たに里 宮が建立された。
 加波山神社親宮 (親宮)は、西麓の桜川市(旧真壁町)に里宮があったが、現在は本宮に併祀されている。
 加波山神社の創祀は日本武尊の東征にはじまるとされるが、もとは山麓の三氏族それぞれが加波山を信仰の対象とし、山頂で祭祀を行っていたと考えられ、古代に遡る祭祀と、その長い歴史を感じさせる。
 山中にはいくつかの磐座があるが、人為により分割された磐の遺構では次の三態が挙げられる。
@山頂の高さ約五メートルの球状巨石は中央で二つに割られている。
A加波山頂、加波山神社本宮近くにある巨大な岩の切り通し。
B「三尊石」と呼ばれる磐座はもと一石から三分割されている。

●08206 下館市
◆05084 羽黒神社祭  
茨城下館市大町甲
羽黒神社
□祭神
オオナムチノミコト 大己貴命
タマヨリヒメノミコト 玉依姫命
□祭は七月下旬。
□汎論
 祭は祇園祭として行われる。文明一三年(一四八一)、下館城主だった水谷将勝は、領内鎮護祈願のため出羽国(山形県)より羽黒神の分祀を受けて、鬼門、風門、病門、天門にそれぞれ五社の羽黒神社を創建した。下館六代城主の政村(蟠龍斉)は、久下田城を築城したとき、久下田城の鬼門、病門に二社を建立し前の五社とともに七羽黒というようになった。神輿は重さが約二トンとおおきく、日本一の大きさだという。

●08207 結城市

●08208 龍ヶ崎市
◆00907 つく舞
茨城県龍ヶ崎市

◇00856 なまずと要石
茨城県龍ヶ崎市
□汎論
地中の鯰(なまず)があばれると大地震がおきるという言い伝えはよく知られる。茨城県の鹿嶋神宮にある「要石(かなめいし)」は、この大鯰を封じているといわれるが、1791年寛政三年(一七九一)の江戸神田祭には大鯰のうえに要石が乗った山車が曳かれた。その様子は「神田明神祭礼絵巻」に描かれ、茨城県龍ヶ崎市の歴史民俗資料館が所蔵している。

●08210 下妻市

●08211 常総市(旧水海道市)
◆02044 水海道祇園祭
□社名 八坂神社
□所在地 常総市(旧水海道市)橋本町
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
屋臺
・天満町山車
・諏訪町山車
・森下町山車
・淵頭町山車
・栄町山車
・橋本町山車
・宝町山車
・元町山車
・本町山車
・亀岡町山車
(順不同)
□汎論

●08212 常陸太田市
◆05085 若宮八幡宮祭
茨城県常陸太田市本町
若宮八幡宮
茨城県常陸
□祭は五月中旬(五年毎)
□汎論
屋臺一臺を曳く。

◇32932 水上の田楽
茨城県常陸太田市水上

●08214 高萩市
◆06219 八幡宮祭
高萩市
八幡宮 
□祭は四月上旬(七年毎)
山車一臺を曳く。  

●08215 北茨城市
◆00554 大津の御船祭
□社名 佐波波地祇神社(さわわちぎじんじゃ)
□所在地 茨城県北茨城市(旧大津町)大津町字宮平
□祭神
アメヒカタクシヒカタノミコト 天日方奇日方命
オオナムチノミコト 大己貴命
ツミハヤエコトシロヌシノミコト 積羽八重事代主命
ミワノカミスクナヒコナノミコト 三輪神少彦名命
ヒメタタライスズヒメノミコト 媛蹈鞴五十鈴姫命
イスズヨリヒメノミコト 五十鈴依姫命
□祭は五月上旬(五年毎)
□山車
御舟。
□汎論
 佐波波地祇神社は、延喜式神名帳常陸國二十八座中、多珂郡に記述される一座。古代出雲系の神々が祀られている。アメヒカタクシヒカタノミコト(天日方奇日方命)はよくわからない神で、兵庫県豊岡市出石町(旧出石町)に、やはり延喜式に記載される古社の石部神社があり、やはり祭神として祀られている。石部神社の説明に、アメヒカタクシヒカタノミコト(天日方奇日方命)は、八柱大神ともいうとある。
 ミワノカミスクナヒコナノミコト(三輪神少彦名命)は、スクナヒコナノミコトを三輪の神としているのが特筆される。イスズヨリヒメノミコト(五十鈴依姫命)はタマヨリヒメノミコト(玉依姫命)であろう。
いまは大津となっているが古くは、皇浦佐波ノ湊といわれた。別名を鎮座地の山を唐帰山(からかいさん)にちなんでからかいさん、六所明神、大宮大明神などとよばれる。
 大津御舟祭といい、國無形民俗文化財の指定を受けている。ヒメタタライスズヒメノミコト 媛蹈鞴五十鈴姫命が祀られていることは、この地が古代出雲系氏族の支配地であったころ製鉄がおこなわれていたことを示している。
 佐波波地祇神社の鎮座する山を、唐帰山(かいらいさん)とよぶ。おそらく神南備山であろう。大津岬にはアーネスト・フランシスコ・フェノロサとともに法隆寺の東院夢殿の救世観音(推古佛)を世に紹介した岡倉天心の旧跡「六角堂」がある。
 祭には船を陸上げし、これに神輿を載せて豪快な神幸が行われる。唐破風の屋根、黒い勾欄の安定感のある華麗な山車がある。唐帰山は古代出雲氏が舟により各地に移動したことを推定させる。
□問い合わせ
郵便番号 319-1702
茨城県北茨城市大津町一一五五
電話番号0293-46-0328

●08216 笠間市笠間
◆01644 笠間祇園会
茨城笠間市笠間

●08217 取手市
◆02047 八坂神社祭礼
茨城県取手市

●08218 坂東市(旧岩井市)
◆05088 国王神社祭
□社名 国王神社
□所在地 坂東市(旧岩井市)岩井
□祭神
タイラノマサカド 平 将門
□祭は七月下旬。
□山車
囃子山車五臺を曳く。
・神田ばやし保存会
・神田ばやし保存会・九重連
・囃子連
・若桜保存会、
(順不同)
□汎論
 国王神社は、タイラノマサカド(平 将門)を祀る神社。社記によると、創祀は将門の三女、蔵尼が天禄三年(九七二)将門の三十三回忌に祀ったと伝わる。国王神社本殿、拝殿、寄木造平将門像はいずれも茨城県の有形文化財指定されている。
 本殿、拝殿の屋根はおそらく萱葺であろうが、その曲線がたいへん美しい神社である。平 将門(たいらのまさかど)は皇記では、逆賊とてあつかわれ、『平家物語』では、「遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱□(文字なし)、唐の禄山、これらはみな旧主先皇の政にもしたがはず、楽しみをきわめ、諌をもおもいいれず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁うるところをしらざりしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。近く本朝をうかがうに、承平の將門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、おごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども…」と引用されている。これは朝廷から見た場合のことであって、海神氏(綿津美氏)、出雲氏や諏訪氏からみれば、大和朝廷はやはり逆賊であったろう。古代の関東地方の英雄である。

●08219 牛久市

●08220 つくば市
◆26448 筑波山神社
茨城県つくば市筑波
筑波山神社
□祭神
ツクバオノオオカミ 筑波男大神
 (イザナギノミコト 伊弉諾尊)
 男体山に祀る
ツクバメノミコト 筑波女大神
 (イザナミオミコト 伊弉冉尊)
 女体山に祀る
摂社
稲村神社(天照大御神) 
安座常神社(素盞鳴尊)
小原木神社(月読尊)
渡神社(蛭子命)
境内社
春日神社
日枝神社
朝日稲荷神社
厳島神社
愛宕神社
 など多数。
□汎論
 茨城県の名山である筑波山は御神体山、すなわち神南備山であり、延喜式神名帳に筑波男大神社を名神大社、筑波女大神は小社として記載される古社である。創祀は不明であるが、ツクバノオオオカミ、ツクバメノオオカミは土地の祖夫婦神であろう。伊弉諾命と伊弉冉命に見立てるのは牽強であり、後世の思想だと考える。
 日本武尊が東征の帰途立ち寄ったともされるが、学者の皇室阿諛とともに、早くから皇室の覇権と褶合してきた過去があり、国史が皇紀でゆがめられて古代の姿をわかりづらくしている。

◆35669 筑波山の出船入船岩
茨城県筑波山
□汎論
 これは仮説である。
 分割された磐。
 筑波山の出船入船岩は、ふたつならんだ岩のかたちを、それぞれ入港する船、出港するに見たてて名づけられた巨石である。さらに二つの岩のあいだには、蓋状の岩が挟まっている。
 おなじ山中に弁慶七戻岩といわれる岩があり、出船入船岩とおなじように自然石と思われる蓋状の岩が挟まっている。
 この二つの例は各地にしばしば見られる岩組の類型と考えられる。

●08221 ひたちなか市
◆00542 天満宮八朔祭
茨城県ひたちなか市那珂湊釈迦町
天満宮
□祭は八月上旬
浜下り神事に囃子臺を曳く。
□山車
・一町目
平成年再建。平金具、彫物を加えた。
・四町目
大正年間不祥事があって、渚で山車を焼却処分した。そのあとあらたに建造。工匠は宇留鷲(うるわし)。彫刻は町内の田原伝吉。
・五町目
昭和にはいって大島町より取得。いまは休止中。
・六町目
獅子が優先され、屋臺は所有するが参加しない年の方が多い。
かなり古い屋臺で、鬼板・懸魚ともに湊では珍しい大虎の彫刻。
全体黒漆塗だが勾欄は朱漆塗とする。
祭は獅子のみの参加だったが、鍾馗の人形を借りて山車を曳いて以来曳行を続けている。・七町目昭和の再建。黒漆塗の彫刻屋臺。工匠は今井建設・今井新一。
・牛久保町
平成の建造。黒漆塗の屋臺。
・龍の口町
平成の建造。三層式屋根。屋根と基臺は黒漆塗。本体、柱、勾欄は朱色漆塗。
・釈迦町
当初は昭和初期に旧勝田市中根より取得した。平成の建造。黒漆塗。
・殿山町
黒漆塗。他町内で不要になった屋臺を取得して彫刻などを補う。
・明神町
先代は昭和の大火で焼失。その後再建した。黒漆塗。
・泉町
昭和初期の再建。黒漆塗、金具・彫刻を多用。
・小川町
昭和の建造。小型ながらよくかたちがととのう彫刻屋臺。
屋根・唐破風は黒漆塗、本体は白木、勾欄は朱色漆塗、基臺は黒漆塗。
・和田町
平成の建造。屋根は黒漆塗、本体は白木のまま、勾欄は朱色漆塗、基臺は黒漆。
・田中町
平成の建造。屋根と唐破風は黒漆塗。本体は白木。欄干は朱漆塗、
基臺は黒漆。
次の四町にはかって屋臺があった。
・二丁目
・三丁目
・水門町
・御殿町
□汎論
古来水戸徳川氏の崇敬が篤く、社殿の修復や改築を重ねている。
第五代水戸藩主良公による元禄年間の社殿改修、とこれに続いて享保年間には社殿の改築が行われ、竣工の慶祝祭礼が挙行された。その祭礼は水戸東照宮の祭礼の例に倣い、獅子と囃子が神幸行列に加わった。昭和大火のさい、我が家の焼けるのを厭わず、獅子を持って逃げ、無事避難させた有名な話がある。
底抜け屋臺、古式の練りもの、風流は戦前まで行われた。
いま見る、江戸時代の面影をのこす古い風流もの。基臺の枠組は、戦後古いかたちを継承しながら新らしくつくられたものである。祭礼は古来、元町の弥勒が奉祀と供奉を続けてきた。

◇23728 操り人形
ひたちなか市

●08222 鹿嶋市
◆00573 鹿島神宮祭
茨城県鹿嶋市

◆00816 鹿島お船祭
茨城鹿嶋市

◇31182 鹿嶋踊
茨城県鹿嶋市

●08226 那珂市
◆00295 大助祭
茨城県那珂市菅谷
鹿島神社
□祭は八月中旬(三年ごと)
□汎論
「大助」は、鹿島神の陸奥遠征のとき援兵を出したのが起源だといわれる。三年に一度、祭は「菅谷の堤燈祭」ともいい、数百もの堤燈を下げた山車、屋臺、「七つ雪洞」が練る。

●08234 鉾田市(旧鉾田町)

●08302 茨城町
◆02455 諏訪神社祭
□社名 諏訪神社
□所在地 茨城県東茨城郡茨城町小幡
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論
 諏訪神社の創祀は不明。神社の近隣には古墳が知られ西方の民家裏にある円墳は、墳頂に祠が祀られる。

◆05090 素鵞神社祭
□社名 素鵞神社
□所在地 茨城県東茨城郡茨城町海老沢
□祭神
□祭は七月下旬  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論

◆05091 香取神社祭
□社名 香取神社
□所在地 茨城県東茨城郡茨城町駒場
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論

◆05089 息神社祭
□社名 息神社(いきすじんじゃ)
□所在地 茨城県東茨城郡茨城町下土師
□祭神
□祭は七月下旬  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論
 
◆05092 熊野神社祭
□社名 熊野神社
□所在地 茨城県東茨城郡茨城町上石崎
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車二臺を曳く。
・東永寺
・船渡
(順不同)
□汎論

◆05093 八坂神社祭
□社名 八坂神社
□所在地 茨城県東茨城郡茨城町宮ヶ崎
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論

●08303 小美玉市(旧小川町)
◆03611 小川素鷲神社祭
□社名 小川素鷲神社
□所在地 茨城県小美玉市(旧小川町)小川
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
(順不同)
山車、踊屋臺
山車
・大町
・坂上町
・坂下町
・本田町
・仲田宿町
・横町
・川岸町
・橋向町
・二本松町
踊屋臺
・年番町が奉納
(順不同)
□汎論

◆05094 鹿島神社祭
□社名 鹿島神社
□所在地 茨城県小美玉市(旧小川町)
□祭神
□祭は八月下旬。  
□山車
山車
・赤川
休止中
□汎論

●08304 小美玉市(旧美野里町)
◆02457 貴船神社祭
□社名 貴船神社
□所在地 茨城県小美玉市(旧美野里町)堅倉
□祭神
□祭は八月上旬。  
□山車
山車、屋臺
山車
屋臺
□汎論
 山車と幌獅子屋臺が曳かれる。

◆05095 竹原神社祭
□社名 竹原神社
□所在地 茨城県小美玉市(旧美野里町)
□祭神
□祭は  
□山車
屋臺、弥勒
(順不同)
□汎論
 竹原神社祭礼は、かつて初日の川渡御で「アワアワ」と声を掛けあったことから【アワアワ祇園】の別名があるがいまは「アワアワ」と掛け声はかけられない。祗園祭である。御輿渡御には御神幸の途中で川のみずをかけ、各家の門前ではに稲藁に火がつけられ、神輿はこのうえを踏み渡る。弥勒、簓、獅子屋臺が曳かれるが、水戸市の大串稲荷神社でおこなわれる【大串のささら】と同じ起源を持つ【大野の弥勒】が行われる。
 弥勒とは、竹竿の先に弥勒人形をとりつけ、底なし舞臺の中で操るもので、三体の人形は奈良の春日大社三神で、青い顔の人形が「鹿島さま」で扇と幣束を持つ。赤い顔の人形が「香取さま」で太鼓を抱える、黄色い顔の人形が「春日さま」で南蛮筒子を背負う。大太鼓、小太鼓、鉦子、笛、唄のお囃子にあわせて弥勒人形が滑稽に踊って五穀豊穣を祈願する。子供が「おいた」をするようなしぐさから「大野の駄々弥勒」の別名がある。茨城県でしか見られない神事である。

●08305 内原町

●08306 常北町

●08307 桂村

●08308 大宮市(旧御前山村)
◆02458 御前山
茨城県大宮市(旧御前山村)

●08309 大洗町
◆02459 大洗八朔祭
茨城県大洗町

●08321 笠間市(旧友部町)

●08322 岩間町
◆01645 六所神社大祭
□社名 六所神社
□所在地 茨城県笠間市(旧岩間町)
□祭神
□祭は十一月上旬。  
□山車
山車、屋臺
山車
・上町
・中町
・日吉町
屋臺(幌獅子屋臺)
・上町
・栄町
・旭西区 二臺
・旭東区
・日吉町 二臺
・南春日町
・吉岡
□汎論
 社記によると、六所神社の創祀は、康平元年(一〇五八)の、後冷泉天皇期に、八幡太郎義家が奥州征伐の途中に、この地に八幡宮を祀って戦捷を祈願したと伝わり、創祀時は八幡宮だったらしい。永禄十二年(一六五九)宍戸城主だった宍戸中務大夫藤原氏時も崇敬が深く、社殿を改築し代々の祈願所と定めたといわれる。

●08323 七会村

●08324 岩瀬町

●08341 東海村

●08342 那賀市(旧那珂町)
◆00539 菅谷鹿島神社祭
□社名 鹿島神社
□所在地 茨城県那賀市(旧那珂町)
□祭神
タケミカツチノオオカミ 武甕槌大神
境内社
 金刀比羅神社
 熊野神社
 稲荷神社
 弁天社
□祭は八月中旬(三年毎)。  
□山車
屋臺
・仲之内
・上宿
・中宿
・下宿上
・下宿下
・東組
・寄居
・堀之内
・鷺内
(順不同)
□汎論
 鹿島神社は通称、菅谷鹿島神社とよばれる。創祀は大同年間(八〇六−八一〇)現那珂市菅谷字両宮に祀られたと伝わる古社である。貞観二年(八六〇)には当社の神霊を現那珂市杉の鹿島神社に分祀している。天喜五年(一〇五七)に、源頼義が前九年ノ役の戦捷を謝し、神殿の屋根を菅で葺いて寄進したのが社名の由緒だという。
□参考
次を参考にさせていただきました。
・鹿島神社
 http://sugakasima.ftw.jp/u25216.html

◆05097 鹿嶋八幡神社祭
□社名 鹿嶋八幡神社(額田神社)
□所在地 茨城県那賀市(旧那珂町)額田
□祭神
タケミカヅチノミコト 武甕槌命
□祭は七月下旬(三年毎)  
□山車
屋臺一臺を曳く。
□汎論
 社記によると、鹿嶋八幡神社の創祀は、鹿嶋宮にはじまり。大同元年(八〇六)に、タケミカヅチノミコト(武甕槌命)を祭神として祀られたと見える。康平六年(一〇六三)にいたって西馬場にあった八幡宮が合祀されて額田神社となった。 額田北郷の鎮守である。佐竹昌義のころに神殿が造営された。水戸藩の支配となってからは藩主の崇敬篤く、徳川光圀(水戸黄門)は、藩政改革で神社を統合したが、このとき那珂額田の八幡宮はすべて吉田神社と鹿島神社などに改められたが、当社のみは別格の扱いとなり、「額田神宮」を名乗るよう指示があったが、神社側では畏れ多いとして旧郷名の額田をつけた【額田神社】と号るようになった。寛政三年(一七九一)に藤田幽谷の弟子である、会沢正志斎が訪れて「額田神宮」の額を贈りいまもそのときの楽が掲げられている。藤田東湖は、幽谷の子である。
□参考
次を参考にさせていただきました。
・鹿嶋八幡神社
 http://www.nukadajinjya.e-naka.jp/index.htm

●08343 瓜連町

●08344 常陸大宮市(旧大宮町)
◆02464 大宮素鵞神社祭
□社名 大宮素鵞神社
□所在地 常陸大宮市(旧大宮町)下町
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
屋臺を曳く。
・下町
・南町
・北一丁目、北二丁目。
□汎論
 大宮素鵞神社の祭礼は、甲神社(かぶとじんじゃ)の境内社で、祗園祭として行われる。旧那珂郡大宮町にあり、地名は甲神社を「甲大宮」と呼んだことから天保十四年以来【大宮】の名称が定着したと伝わる。甲神社は大同二年の創祀と伝わり、長年にわたって大宮町の総鎮守である。

●08345 常陸大宮市(旧山方町)
◆00815 山方村陰陽山祭
□社名 陰陽山神社
□所在地 常陸大宮市(旧山方町)
□祭神
□祭  
□山車
現在は休止。
□汎論
 常陸大宮市(旧山方町)にある陰陽山神社の創祀は、社記によると、元禄三年(一六九〇)に、水戸光圀が領内巡視のおり、神社背後にある陰陽の巨石を見て、神社を創建し、イザナギノミコト(伊弉諾命)、イザナミノミコト(伊弉冉命)の夫婦神を祀り、七ヶ村の惣鎮守としたとある。
 神社は陰陽山(標高二三三メートル)の山麓にあり、山頂部には巨大な磐組があって、磐坐をなしていて古代祭祀の旧蹟であることがわかる。つまり、水戸光圀が領内巡視以前の遠い昔にすでに祭祀があり、陰陽山神社はその麓にある陰陽石のまえに祀られた里宮と考えるべきだろう。境内の狛犬は風変わりな姿をしていて、巻き毛があるからおそらく獅子であろうが、首が長く一見、オットセイや、鼬(いたち)に似ているとの風評があり、これを見るため訪ねる方も多いと聞く。
 『茨城県史 近世史料 加藤寛斎随筆』には、安政四年(一八五八 )已五月の『山方村庄屋 組頭書上 陰陽山旧記』に、「陰陽山祭に風流物、踊屋臺各九基が出て賑わった」との記録があり、山車が曳かれていたことが伺われる。この、【風流物】が、宮田の風流物とおなじようなものだったかどうか不明である。

●08346 大宮市(旧美和村)
◆01341 鷲子祇園祭
茨城県大宮市(旧美和村)

●08347 大宮市(旧緒川村)
◆02467 緒川
茨城県大宮市(旧緒川村)

●08361 金砂郷町
◆00660 西金砂神社祭
□社名 西金砂神社
□所在地 茨城県常陸太田市(旧金砂郷町)上宮河内町
□祭神
オオナムチノミコト 大己貴命
クニトコタチノミコト 国常立命
スクナヒコナノミコト 少彦名命。
□祭は3月下旬。  
□山車
山車
・中組
・下組
・北組
(順不同)
□汎論
 西金砂神社(にしかなさじんじゃ)の創祀は大同元年(八〇六)、天台宗の僧侶寶珠上人と伝わり、社殿を建立し、近江の日吉大社より祭神を勧請したのに始まると伝わる。しかし現在は、日吉大社の祭神であるオオヤマクイノカミ(大山咋神)の名は見られない。
 神社は西金砂山頂にあり、西金砂山はいわゆる御神体山たる神奈備山で、祭神が出雲系の神であることなどを勘案すると、祭祀の歴史はさらに遡ると推察される。
 仏教混淆の神社であるが、仏教色が濃く、比叡山延暦寺の伽藍を模した七堂伽藍と中堂を設け,千手観音を祀る観音堂を諸沢村堂平に、鐘楼と経堂はを赤土村の太平山に、中染村羅漢沢には十六羅漢が祀られたと伝わり相当広域におよぶ勢力があったと推定される。
 中世は佐竹氏の領地となり篤い保護下にあり、江戸時代には水戸藩の支配下にあったが、徳川光圀の宗教改革により社寺や仏像が排されて、このとき従来とは大きく様相の変化があった。
 七十二年ごとに行われる祭を【大祭礼】といい、長寿を得て且つご縁があっても、生涯に二度、三度は見られない神幸祭が行われる
。六年毎に【小祭礼】が行われる。祭礼に奉納される【田楽舞】は茨城県の文化財に指定される。

◆茨城県金砂郷町
西金砂神社
□祭神
オオナムチノミコト 大己貴命
配祀
スクナヒコナノミコト 少彦名命
クニトコタチノミコト 国常立命
□祭
□汎論
 西金砂陣屋は創祀時は仏教寺院で、開基は大同元年(八〇六)、天台沙門宝珠上人が比叡山より分霊して奉祀したと伝えられる。当時は日吉山王権現と号し、七堂伽藍が建ち並び、社領一万石、衆徒三百坊の威容であったと云う。江戸時代、元禄十三年(一七〇〇)に西金砂神社となったという。創祀は早くても十一世紀くらいまで下がるのではないかと推定される。権現という神を仏教視する寺院であったとあるのは神仏混淆だったことをうかがわせる。
 古代出雲の大己貴命は常陸、房総では鹿島神宮、香取神宮と不和だったようである。オオナムチノミコト 大己貴命を祭神とする古社は珍しい。
東金砂神社・西金砂神社の両社で執行される磯出大祭礼は、七十二年に一度の大祭礼であり、一生に一度町名の人で二度、三度とは見ることのできない祭。
兵庫県姫路市射楯兵主神社の三山神事(六十年に一度)とともに珍しい祭である。

◇衾氷川神社祭礼本宮・平成18年
2006/9/19(火) 午前 1:13
衾氷川神社祭礼本宮・平成18年  今年は第三土・日曜日三年目の9月16・17日。今日は恒例の連合渡御だ。 ... その大和の勅使がタケミカズチ命で茨城鹿島神宮の御祭神だという。衾氷川神社は出雲の祖神スサノオの命で大国主はその子と ...
 http://blogs.yahoo.co.jp/kurikuribonbon2000/40170584.html

◇21396 西金砂田楽舞
茨城県金砂郷町

◇21398 東金砂田楽舞
茨城県金砂郷町

●08362 水府村
◆05105 東金砂神社祭
□社名 東金砂神社
□所在地 常陸太田市(旧水府村)天下野町
□祭神
オオヤマクイノミコト(大山咋命)
□祭は十二月中旬。  
□山車
風流物。
□汎論
 東金砂神社の創祀は、社記を参考にすると、大同元年(八〇六)、天台宗の僧侶寶珠上人と伝わり、比叡山の日吉権現であるオオヤマクイノカミ(大山咋命)を勧請したと見える。その後、嘉承二年(八四九)に慈覚大師円仁が比叡山より、二十一社を勧請して祀ったとある。神社は東金砂山頂近くにある。東金砂山は西金砂神社とおなじように、いわゆる御神体山たる神奈備山と推察される。
 その成立は旧金砂郷町現常陸太田市の西金砂神社とほぼ同じで、
創祀の時期、近江坂本(滋賀県)の日枝大社から分祀を受けて祀られた神社である。東金砂山は、西金砂山はともに定源寺、東清寺とともに修験の山だった長い歴史があり、東金砂山、西金砂山、竪破山、真弓山、花園山を常陸天台五山とよんでいる。
 七十二年に一度の大祭礼もおなじで、同じ年に東にある水木浜まで延べ一〇日をかけて往復するのが通例である。水木浜への渡御は、金砂の神は、是浜磯おおしまというところより現れたとの伝承にちなむ。御神幸の行程は両社とも、中染祭場、和田祭場、馬場八幡宮祭場、水木浜祭場、上河内祭場までは同じであり、西金砂神社がさきに出立し、三日後に東金砂神社が発たれる。還御の行程は、両社で若干異なる。

◇02468 武生神社祭
茨城県水府村

●08363 里美村
◆06047 折橋天満宮祭
茨城県常陸太田市(旧里美村)

●08364 大子町
◆00432 大子十二所神社祭
□社名 大子十二所神社
□所在地 茨城県久慈郡大子町大子
□祭神
天神七坐
クニトコタチノミコト 国常立尊
トヨクモヌノミコト 豊斟純尊
ウヒジニノミコト 泥土煮尊
ツヌグイノミコト 角材尊
イシグイノミコト 活材尊
オオトジノミコト 大戸道尊
オモダルノミコト 面足尊
カシコネノミコト 惶根尊
イザナギノミコト 伊弉諾尊
イザナミノミコト 伊弉冉命
地神五坐
アマタレスオオミカミ
オシホジノミコト 忍穂耳尊
ニニギノミコト 瓊々杵尊
ヒコホホデミノミコト 彦火火出見尊
ウガヤフキアエズノミコト 草葺不合尊
境内社
愛宕大神 
カグツチノミコト (軻遇突智尊)
三峯神社
イザナギノミコト 伊弉諾尊
イザナミノミコト 伊弉冉尊
蒟蒻神社
ナカジマトウザウェモン 中島藤ヱ門大人命
□祭は五月上旬(四年毎)。  
□山車
山車
・近町
・愛宕町
・栄町
・泉町
・本町
・金町
・小久慈
(順不同)
□汎論
 大子十二所神社の創祀は不明。一説に創祀は天平時代の神亀四年(七二七)というが詳細不明。古い神々が祀られ、大和朝廷成立以前の神の名を含めた、祭神十二神の名が上げられるのが社名の由来である。これらの神々は近隣に祀られていた神が合祀されたと伝えられる。
 蒟蒻神社は、ナカジマトウザウェモン(中島藤ヱ門)の霊を祀る神社。当地の農産物である蒟蒻(こんにゃく)の製法に取り組み、こんにゃく粉の開発に成功した功労者で、その徳を讃え、山方町諸沢地区にある山尊神社より分祀を受けて当社に祀ることとなった。

◆01387 浅川熊野神社祭
□社名 熊野神社
□所在地 茨城県久慈郡大子町浅川
□祭神
□祭  
□山車
屋臺
・二臺あると伝えられ、やや不定期に曳かれる。
□汎論
 大子町浅川にある熊野神社

◆03558 袋田諏訪神社祭
□社名 諏訪神社
□所在地 茨城県久慈郡大子町袋田
□祭神
□祭は四月中旬(五年毎)。  
□山車
山車、屋臺。
山車
・滝本
屋臺
・大塩 中組
・宿
・川西
(順不同)
□汎論

◆01611 花室神社祭
□社名 花室神社
□所在地 茨城県久慈郡大子町佐貫
□祭神
□祭は四月。  
□山車
屋臺
・小久慈町
・本町
・近町
・金町
・泉町
・栄町
(順不同)
□汎論

◆05107 内大野十二所神社祭
□社名 十二所神社
□所在地 茨城県久慈郡大子町内大野
□祭神
□祭は秋季(三年毎)  
□山車
山車を曳く。
□汎論

◆01558 小生瀬諏訪神社祭
□社名 諏訪神社
□所在地 茨城県久慈郡大子町小生瀬
□祭神
□祭は秋季(四年毎)。  
□山車
山車を曳く。
□汎論
 小生瀬にある諏訪神社の鳥居は神明型であるのが珍しい。石段を上ると平坦で広い境内には長い参道がある。拝殿の向拝柱には異型の注連縄(しめなわ)がかかる。注連縄は七五三縄とかかれる例があり、いろいろの態様があるが、正面から見ると、その綯い目(ないめ)が、左上部から右下部へと右下がりになるようにかけれるのが一般的であるが、例外がある。滋賀県各地には【勧請縄(かんじょうなわ)】とよばれるさまざまな注連縄がかかる。
 注連縄の多くは稲藁であるがそのかたちは、縄状に綯う部分は雲、白い紙の幣は稲妻、垂れ下がる藁稈(茎)は雨をあらわしていると説明したものがある。福島県東白川郡棚倉町にある都都古別神社は奥州一ノ宮の額がかかる、延喜式神名帳記載の神社であるが、 注連縄を中央で切断して端口をそろえて下向きにさげる。全体のかたちがV字型になる。小生瀬諏訪神社の注連縄とよく似ている。

●08381 十王町

●08401 旭村
◆00476 旭
茨城県旭村

●08402 鉾田町
◆06411 鉾神社祭
茨城県鉾田市(旧鉾田町)
鉾神社
□祭神
ヤマトタケルノミコト 日本武尊命(右殿)
オオクニヌシノミコト 大国主命(主座殿)
タケミカヅチノミコト 武甕槌命(左殿)
□祭は八月下旬。
山車が曳かれる。
□山車
・古宿町
人形が乗る。素木造りの二層式露臺形式四輪。
上臺は人形座、刎勾欄がつき、そのそとには多数の丸堤燈がつけられる。
中臺は止勾欄がつき、前面には囃子方がのりこむ藝座で、ひょっとこほかの軽妙な藝が披露される。その前には5人の子供らが扇を広げて先導する。側面は子供らが乗りこむ。
・横町
人形が乗る。素木造りの二層式露臺形式四輪。
この山車は中臺が三方が大きく控えて造られ、開けられら空間には山車の乗り子がのる。珍しい構造である。
上臺は大きいので三手先まで組む組み物で支えられる。このため、おおきく上に広がる印象を与える。臺名の額は欄間ではなく上臺の勾欄に取り付けられる。
正面の藝座では天ノ鈿女(於福)の手踊りが披露される。
・本町
人形が乗る。素木造りの二層式露臺形式四輪。
下臺がゆったりとられているので、三層式にみえる。
中臺は藝座で囃子方がのり、藝が披露される。
・旭町
本座は案徳天皇であるが、人形ではなく少年が扮する。
素木造りの二層式露臺形式四輪。
中臺前面は藝座で、囃子方、藝方がのる。
囃子は旭町はやし連。
・新町
素木造りの三層式露臺形式四輪。
中臺前面は藝座で、大国舞がおこなわれる。
上臺前面の勾欄から藝座に小庇がつけられ、日中は油障子がかけられる。
藝方の意匠が鮮やかで華やかな印象を受ける。
・七軒町
素木造りの競上げ式二層式露臺形式四輪。
中臺をおおきく控えたつくりで外見は横町の山車に似ている、鉾田独特の形式である。
動く山車の大きな上臺を支える組み物は見事で、工匠の腕の確かさに感心させられる。
中臺が控えて造られているので、藝座はひろく結ったりとられている。
中隊勾欄前面は金具付擬宝珠柱。後部には脇障子がつけられる。
・桜本町
人形の乗る、素木造りの競上げ式二層式露臺形式四輪。
上臺には右側面にはしごがつき、中からではなく外から乗り込める。
下臺が高く造られている。
臺名の額は中臺欄間に取り付けられている。
全体に均整が取れ、均衡の取れた安定した感じをうける。
・橋向地区
(順不同)
□汎論
鉾田で曳かれる山車を地元では「鉾田型」とよんでいる。千葉県佐原で曳かれる露臺型の山車、石岡の山車が折衷した形式ともいわれる。横町、七軒町の山車に見られる中臺を控えたつくりは鉾田独特の形式といってもよい。優れた工匠がいて可能な構造である。
 
◆06412 借宿神社祭
茨城県鉾田市(旧鉾田町)

●08403 鉾田市(旧大洋村)
◇31394 大洋たっしゃか盆踊
茨城県鉾田市(旧大洋村)

●08406 神栖町

●08407 波崎町
◆00748 矢田部
茨城県波崎町矢田部町

●08421 麻生町
◆01638 大麻神社祭礼
茨城県行方市(旧麻生町)麻生

●08422 牛堀町
◆00884 素鵞神社祭
茨城県牛堀町

●08423 潮来市(旧潮来町)
◆00365 潮来祗園祭禮
茨城県潮来市潮来(旧潮来町)
素鷹熊野神社
□祭神 
スサノオノミコト 素盞鳴命
□祭は八月上旬
山車を曳く。
□山車
・参丁目
神楽の額を掲げる。    
外四輪車
大きな神明作の屋根があり、屋根の上には三本の御幣がたてられる。
中臺の軒には丸堤燈が下がる。
四方には勾欄がとりまき、側面には囃子方がのりこむ。
三町目は祭事の一切を取り仕切る。山車は小型だがこの山車は露臺式ではなく、潮来では唯一神明造の屋根がある。神幸では猿田彦を先導するが、他の山車のように総曳きには加わらない。
山車囃子は地元の三町目芸座連が演奏する。
・濱壹丁目
擁熙の額を掲げる。
本座人形は神功皇后
明治二十年、鼠屋福田萬吉の作。 
露座式山車
上臺には刎勾欄がある
中臺には水引幕がかかりさらにその上に注連縄を引き回す。
潮来市の有形民俗文化財珥指定されている。
山車囃子は千葉県佐原の佐原囃子連の出囃子。
昭和四十三年に佐原市本上川岸より山車と人形を譲り受けている。
・上壹丁目
豊穣の額を掲げる。
本坐人形は弓をとる日本武命
言い伝えでは衣川人麻呂。一説に竹田縫之助ともいう。明治十六年の作。
人形が大きいためせりあげ綱が二本用いられる。
露臺式素木造四輪山車。
上臺勾欄の隅は刎ねない。
山車の建造は昭和六十年。千葉県佐原市の本川岸山車を参考にして復元された。
茨城県の有形民俗文化財に指定される。
山車囃子は地元潮来の上丁藝座連。
・下壹丁目
豊楽の額を掲げる。
本坐には福俵が六俵と白鼠、三段に積まれる。町内で作成。
素木造外四輪車。
露臺式山車。
上臺の勾欄は隅を刎ねるが、中臺は留勾欄。
全体に彫刻が多い。
山車の建造は平成二〇年。一三六年曳いた山車の、額、彫刻、勾欄は旧臺のものを継承している。
旧臺は、明治五年の建造で、茨城県の有形民俗文化財に指定されている。
山車囃子を演奏する藝座連は佐原の千秋会がつとめる。
・西壹丁目
敬神の額を掲げる。
本座人形は神武天皇。 弓を把り、弓には金鵄がとまる。
人形師は田島義郎。平成十六年の作。
露臺式素木の四輪山車。
中臺には水引幕がかかり、その上に注連縄がめぐらされる。
上臺の勾欄は刎ね、中臺は留勾欄とする。
山車建造は平成四年。
山車囃子は地元潮来の潮風会芸座連。
・貮丁目
崇敬の額を掲げる。
本坐人形は大國主命。古屋敷義男の作。
露臺式素木の外四輪山車。
上臺の四隅には雪洞があがる。
上臺の勾欄は刎ねるが中臺の勾欄は刎ねず、腰には肉厚の古い彫刻がはいる。
山車囃子は登喜和芸座連
・天王町(四丁目)
素鷲町(そがちょう)の額があがり、祇園社の町内であることをあらわしている。
本座は天乃岩戸。
人形師は鼠屋五兵衛。明治十二年の作。
天照大神が岩屋戸のまえに立ち、手力男命、天鈿女命、猿田彦命をともなう。
山車建造は明治四年。一説では明治八年ともいう。
茨城県の有形民俗文化財に指定される。
山車囃子は佐原の葦切会。
四丁目に該るが山車組として天王町を名乗る。
・五丁目
敬神の額を掲げる。
本座人形は源頼政と猪早太の鵺退治(ぬえたいじ)。
鼠屋五兵衛の作と伝える。
源三位頼政は、以仁王の令旨をうけて源氏再興に尽力した人物。京都宇治の平等院に切腹場所がある。鵺退治(ぬえたいじ)でも著名。
露臺式素木造外輪の四輪車。
上臺の勾欄は丸桁で隅を刎ねる。中臺勾欄は隅を留める。潮来市指定無形民俗文化財
山車建造は昭和四十八年
山車囃子の芸座連は地元の源囃子連。
・六丁目
雲龍の額を掲げる。
本坐人形は背に七つ道具をもつ弁慶。伊東久重の作。
人形師は 伊東久重。昭和五十四年の作。
露臺式素木造の四輪山車。
山車建造は平成十年。
中臺に赤い水引幕がかかり、正面には金色左三つ巴の臺紋がつく。
山車囃子は佐原の川岸囃子連。
・七丁目
為徳の額を掲げる。
本座人形は素盞嗚尊
人形師は竹田縫之助。明治三十三年の作。
爲コの額を掲げる。
山車建造は平成元年着工二年に完成。
露臺式四輪山車。
上臺四隅、額の両側に雪洞があがり、中臺軒には赤丸の鬼燈堤燈がさがる。山車囃子は成田からの出囃子で花崎町藝座連。
・八丁目
生祥の額を掲げる。
本坐人形は静御前、扇と鈴をとって舞う白拍子姿。古川長延の作。
人形師は古川長延。明治八年の作。
ひじょうに気品のあるいい面立ちの人形である。栃木県栃木市倭三丁目の山車は、江戸で曳かれていた屈指の静御前がある。もと日本橋の伊勢、小田原、瀬戸物の三町共有であった。
太刀を背に扇を持って舞う。作者は松雲齋徳山で、嘉永元年(一八四七)の作と伝える。まさに双璧といえよう。
山車は平成六年の建造。
上臺の勾欄は隅を刎ねる。
左右の側面には囃子方が乗り込む。
山車囃子は佐原の如月会囃子連がつとめる。
・七軒町
豊穣の額を掲げる。
本座人形は源義経。青い幟が付属する
人形師は田島義郎。平成十一年の作。
露臺式素木造外輪の四輪車。
平成元年の建造。
中臺水引幕は赤で、正面は巻上げ式に引き絞り紫房がさがる。
水引正面左右には笹龍胆の紋がはいる。山車建造は平成元年。
山車囃子は、鹿嶋の鹿島藝座連。
・大塚野
誠意の額を掲げる。 
本坐人形は加藤清正公。胸当てには大きな加藤家の蛇の目紋がはいる。
以前は飯田静幸作の本多平八郎忠勝だった。
露臺式素木造外輪四輪山車。
上臺の勾欄は隅を刎ねる。
山車建造は平成十七年。旧山車は文政三年の建造で、上壹町目から譲り受けたもので、本座には西壹町目より借用の加藤清正公が乗っていた。
山車囃子の藝座連は佐原の水郷会。
・あやめ丁
額は乍芳の文字が掲げられる。
本座人形は真田幸村。甲冑をつけた出陣姿。六文銭の旗しるしがたつ。
山車を曳く若衆の衣装・ずんどうには六文銭があしらわれている。
人形師は古屋敷義男。平成四年の作。
山車の建造は明治十年。西壹町目が曳いていたものを平成四年に譲り受けた。
中臺軒には注連縄がめぐらされる。
山車の藝座連は佐原のあらく芸座連。
(順不同)
□汎論
歌や芝居、水郷で名高い潮来は空の青、水の青、花菖蒲の緑に包まれ明るい景色が展開し、乙女らが操舟する舟がゆきかう。
潮来祇園祭禮は、八百有余年の歴史があるといわれ、市役所の西北にある天王山に鎮座する素鵞熊野神社の例大祭。二基の神輿の渡御があるが、巷間では天王さま、権現さまtぽ崇められる。おそらく祭神は熊野神社と牛頭天王であろう。三日間の祭禮の出御中初日は「御浜下り」、中日は町内渡御(町内御巡行)、最終日は「お山上り」といい還御になる。
山車の曳行には藝座連の見事な山車囃子演奏される。地元潮来のほか、佐原、鹿嶋などからも応援がある。霞ヶ関のほとりにある櫻川の大杉囃子の影響を受けた名演奏はいやがうえにも祭りの雰囲気を盛り上げる。
□郷土藝能
◇潮来あやめ踊り
◇潮来音頭
◇潮来甚句
□問い合わせ
水郷潮来観光協会   
電話 0299-63-3154
潮来市役所 観光商工課 
電話 0299-63-1111

●08424 北浦村
◆06460 山田八坂神社祭
茨城県北浦村

●08425 玉造町
◆06456 素鵞神社祭
茨城県玉造町

●08441 江戸崎町
◆02048 八坂神社・鹿島神社祭礼
茨城県江戸崎町

●08442 美浦村
◆06467 楯縫神社祭
茨城県美浦村

●08443 阿見町
◆06466 若栗八坂神社祭
茨城県阿見町

●08445 茎崎町
◆06388 高崎八坂神社祭
茨城県つくば市(旧茎崎町)

●08446 新利根町
◆06452 熊野神社祭
茨城県新利根町

●08447 河内町

●08448 桜川村
◆03690 大杉神社祭
茨城県桜川村阿波

●08449 東町伊佐部
◆02049 伊佐部祇園祭
茨城県東町伊佐部

●08461 霞ヶ浦町
◆06463 素鵞神社祭
茨城県霞ヶ浦町

●08462 玉里村

●08463 八郷町
◆00346 柿岡祇園会
茨城県八郷町

●08464 かすみがうら市(旧千代田町)
◆03635 香取神社祭
茨城県かすみがうら市(旧千代田町)

●08465 新治村
◆00885 大畑のからかさ萬燈
茨城県新治村大畑

●08482 伊奈町
◆21392 小張の綱火
茨城県伊奈町小張

●08483 谷和原村

●08501 関城町

●08502 筑西市(旧明野町)
◆06064 駒ヶ滝神社祭
□社名 駒ヶ滝神社
□所在地 茨城県筑西市(旧明野町)五所
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車
・倉持
・海老江
・台山南
・松原
(順不同)
□汎論

◆05110 赤浜神社祭
□社名 赤浜神社
□所在地 筑西市(旧明野町)赤浜
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論

◆05109 四所神社祭
□社名 四所神社
□所在地 筑西市(旧明野町)中上野
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論
 四所神社のすぐ西に上野東叡山承和寺がある。

◆00726 常陸二宮清明神社祭
茨城県明野町

●08503 桜川市(旧真壁町)
◆06064 五所駒瀧神社祭
□社名 五所駒瀧神社
□所在地 茨城県桜川市(旧真壁町)山尾芳ヶ谷
□祭神
タケミカヅチノオオカミ 武甕槌大神 
オオヤマクイノカミ 大山咋神 
サルタヒコノカミ 猿田彦神  
コノハナサクヤヒメ 木花開耶姫  
スガワラミチザネコウ 菅原道真公
□祭は七月下旬。  
□山車
山車
・上宿町
・下宿町
・新宿町
・高上町
・仲町
(順不同)
□汎論
 五所駒瀧神社の創祀は、三条天皇期、長和三年(一〇一四)、八溝山系の南端にある権現山と中道山にある瀧の傍に祠が建てられたのにはきまると伝える。推定だが創祀時の祭神は水神(瀧神)のセオリツヒメ(瀬織津姫)だったことをうかがわせる。
 遷宮の時期は不明だが、承安年間(一一七一−一一七五)にいたり、真壁城主の初代藩主長幹の一族である桜井太郎良幹が鹿島神宮より分霊を受けて祀ったと伝わる古社である。

●08504 大和村
◆02470 別雷神社祭
□社名 別雷神社
□所在地 桜川市(旧大和村)大曽根
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論●08505 協和町
◇31183 小栗内外大神宮の太々神楽
茨城県協和町

◆05111 青木神社祭
□社名 青木神社
□所在地 桜川市(旧大和村)
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
山車一臺を曳く。
□汎論

●08521 八千代町
◆02471 香取神社祭
茨城県八千代町

●08522 千代川村
◆00739 原南諏訪神社祭
茨城県千代川村

●08523 石下町
◆02753 宗任神社祭
茨城県常総市豊田(旧石下町)
宗任神社
□汎論
茨城県内には、宗任神社が数社ある。
阿部宗任(あべむねとう)、安部貞任(あべさだとう)は兄弟で仲がよかったが、平安時代後期、陸奥国の前九年の役(一〇五一−一〇六一)で、源頼義の軍勢に敗れ、宗任は戦死貞任は捕らえられ京に送られた。
引き立てられた無骨な貞任をみて、公卿らは失笑し、からかってやろうと梅の一枝を貞任のまえにつきだした。貞任はしげしげとそれを見ていたが、はたして取り巻く公卿らはこらえきれなくなり、声に出して嘲笑った。しずかにそれを見ていた貞任はしずかに、

  わがくにの 梅の花とは見つれども おおみやびとは なんといふらん
 
 と一首を詠んで応じたのであった。並み居る公卿らは恥じ入り、こそこそと一人減り、二人へり、ついに誰もいなくなってしまった。

●08541 古河市(旧総和町)
◆00034 関東ド・マンナカ祭
茨城県古河市(旧総和町)

●08542 五霞町
◆01474 大杉大明神
茨城県五霞町大福田
大杉大明神
□祭は七月下旬。
□汎論
 大杉大明神の総本宮は、茨城県稲敷郡桜川村にあり、創祀は神護景雲元年(七六七)。日光の二荒山を開く旅の途中、勝道上人がこの地方に流行していた疫病を鎮めるため、
三輪の神(大神神社)を祀ったのをはじめとする。祭神はヤマトオオモノヌシクシミカタマノミコト(倭大物主櫛甕玉命)、オオナムチノミコト(大己貴命)、スクナヒコナノミコト(少彦名命)とする。
 四国徳島県の阿波とはおなじで、福井県の安発(あらち)、岐阜県の安八、大阪市東淀川区の淡路、兵庫県の淡路島に通じる古代出雲系氏族発展のみちすじともいえよう。
 霞ヶ浦に突き出た半島状の地を、安婆島(あばのしま)といい、太郎杉、次郎杉、三郎杉とよぶ古杉があったことから、この老杉のもとに祀られた神社であることから「大杉神社」という。太郎杉は寛政一〇年(一七九八)に火災にあって失われた。
関東、東北地方には分祀を受けた神社が分布する。「あんば囃子」は、関東各地の山車囃子にも多くの影響を与えている。
 五霞町の大杉神社も大杉大明神の分祀を受けて祀られている。山車を曳き、すばらしいあんば囃子が演奏される。

  あんば大杉大明神 悪魔をはらって ヨーイヤセ
  あんばの方から吹く風は、疱瘡かるくの便り風

●08543 古河市(旧三和町)
◆05135 八坂神社祭
□社名 八坂神社
□所在地 古河市(旧三和町)諸川
□祭神
□祭は七月下旬。  
□山車
屋臺一臺を曳く。
□汎論

●8544 猿島町
◇01393 猿島囃子
茨城県猿島町

●08545 境町
◆05136 八坂神社祭
茨城県境町
◆05137 若林大杉神社祭
□社名 大杉神社
□所在地 茨城県猿島郡境町
□祭神
□祭は  
□山車
一臺を曳く。
□汎論
 大杉神社の本社は茨城県稲敷市阿波にあり、祭神はヤマトオオモモノヌシクシミカタマノミコト(倭大物主櫛甕玉命)、オオナムチノミコト(大己貴命)、スクナヒコナノミコト(少彦名命)となっていて、京都市の今宮神社より分祀を受けたと伝わり、創祀は神護景雲元年(七六七)の古い神社で、徳島県阿波由緒の神社。
オオモモノヌシノミコトは大和三輪山に祭られる出雲系の神、オオナムチノミコト、スクナヒコナノミコトもともに出雲系の神である。当社の山車囃子はほぼ関東地方一円にわたって影響を及ぼしており、その囃子【あんばさま】はいくつもの系統に分かれる。
 若林大杉神社の祭神も大杉神社本社より分祀を受けて祀られる。
 境町内にはもう一社が井草に祀られる。

●08561 守谷町
◆06465 八坂神社祭
茨城県守谷町

●08564 利根町
◆03734 布川神社祭
茨城県利根町


行政コード番号は従前のままです。 
20130106 更新中

 ◆日本山車論
目次
 ◆左甚五郎傳
左甚五郎傳
 ◆斐太ノ工
斐太ノ工
 ◆谷口與鹿
谷口與鹿
 ◆論攷 延喜式神名帳
論攷 延喜式神名帳
◆阿波國
◆安房國
◆安藝國
◆伊賀國
◆隠岐國
◆越後國
 ◆古代祭祀と神南備山
古代祭祀と神南備山
 ◆玉依姫  様