日本の山車 秋田県
秋田県総論 秋田県には日本の古い民俗遺産が多く継承されている。秋田県固有のものと、外来の文化があるが、秋田美人と秋田民謡は特筆するべきだろう。秋田大國舞、秋田おばこは全国に知られる。西馬内(にしもない)の盆踊りは独特の調子と優雅な中に独特の味わい妖しさがあり、愛好者が全国からあつまる。 裏日本には火と山車が結びつく神事が多い。 竿燈は大竹にいくつもの桁を渡し、これに何段も堤燈を下げ、各地区から自慢の妙技が披露される。堤燈には佐竹藩ころからの紋や意匠が描かれている。稀に風にあおられて竿燈がたおれ、堤燈が燃えたりすると観客から大きな悲鳴やため息が洩れる。大通りを埋め尽くしゆらゆらとゆれる竿燈にはひとときの短い夏の哀歓がただよう。 土崎の曳山祭は、本格的な山車祭で長い歴史があるが、地域的には山形県新庄につながる山車文化の地域的連携が感じられる。 角館は佐竹藩の武家屋敷が広い通りに面して東西につらなり、一瞬江戸時代に立ち戻ったような懐かしさと謹厳さがせまってくる。 湯沢にはみやびな京文化を伝える行燈が出る。 「ぼんてん」は全国的に分布しているが、秋田の文化の厚さ、特異さでは白眉といってよく、独特の発展を遂げている。 北部では青森にみられる佞武多への移行と独自に発展した鯱ねぶたがでる。 冬の民俗行事で知られる「なまはげ」は、遠く沖縄に行われる来訪神が北上したものといわれる。 「どんじん」は、各集落にいまも根付いて秋田の民俗として定着している様子が見られる。どんじんは道祖神のことで、信州の安曇野の石像がよく知られるが、秋田は木製である。「しょうきさま」は鍾馗さまのことで、こちらも秋田の生活に根付いている。 季節料理では、冬のきりたんぽ、はたはたはよく知られる。 蕗は、春のふきのとうとともに山菜として喜ばれるが、植物は北部に行くほど大きくなる性質のもの小さくなるものがあるが、アキタフキは民謡の歌詞通り傘にできるほどのおおきさになる。オオイタドリも巨大である。
秋田県のぼんてん 秋田県の祭にはひろい範囲にわたって「ぼんでん」とよぶ「だしもの」がでて、地域的なまとまりがある。ぼんでんは全国に見られる。仏教起源の「梵天(ぼんてん)」と書かれることもあるが当字であろう。「棒天」のことだとした解説もあるが疑問である。ほかにも諸説があるが、いずれもその名称の起源は判然としないが、ぼんてんの訛ったものであろう。 ぼんてんは白い奉書で幣(しで)をつくり、幣束とした形式が多い。三重県の伊賀市(旧上野市)の神幸では先頭にたって人の背丈を越えるおおきな「ぼんてん」がかつがれ、愛知県各地では山車の上に立てられるのが見られる。 一本の柱に多くの幣をつけたかたちは「御幣」から変化したものといえようか。 秋田県各地に見られる「ぼんでん」はもとはおなじ起源をもつのであろうが、仔細にみてゆくと、その形態はさまざまに変化していて、布ぼんでん、草ぼんでんなどとよばれるものもある。 その多くは神事であり、神社において齋行される。祭事を特徴付けるのは新年の厳寒期に行われる、北国の厳しい冬の神事はたいへんである。次いで初午に行われるものが多い。しかし、初夏、盛夏に行う地域もある。 秋田県の「ぼんでん」がいつから行われるようになったかは、民俗行事のような一面があって、伝承を記す記録の多くは失われてあきらかではない。神事は不定期のところもあり、ながらく休止していたものが近年復活しておこなわれている地域もある。 能代市、大館市、本荘市、男鹿市、湯沢市、鹿角市などの市域には行われていないようで、郡部の町村に継承されているのは、市街地では発展に伴って消滅したのであろうか。 町むらには何箇所も盛大に行われている地域があり、河辺町、雄和町、田沢湖町、協和町仙北町、西木村、太田町、千畑町、仙南村、横手市(旧大森町)、横手市(旧山内村) その例に挙げられる。 しかし、小坂町、鷹巣町、比内町、阿仁町、田代町、合川町、上小阿仁村、琴丘町、二ツ井町、八森町、山本町、八竜町、藤里町、峰浜村、五城目町、昭和町、飯田川町、天王町、井川町、若美町、大潟村、仁賀保町、金浦町、象潟町、矢島町、岩城町、西目町、鳥海町、六郷町、十文字町、雄勝町、羽後町、皆瀬村などでは行われていないようである。また現在行われていないとはいっても、取材に洩れたもの、現在は行われていなくても過去には齋行されていたかもしれない。詳細は地元の方々の研究を俟つことになる。ご教示いただければそのつど補正につとめたい。 「ぼんでん」の多くは神社の神事であるが、一部寺院に係属するものがある。 角館町薗田の大威徳神社、協和町峰吉川高寺山、西木村下檜木内の馬頭観音神社、東成瀬村田子内永伝寺の高善寺、仙北町高梨の薬師神社などである。 また、神佛分離により佛教寺院の名称をそのまま神社の名称になっているところがあって、かつては、寺院でも広く行われていたようすがうかがわれる。 現在齋行されている神事も、毎年執行されるとは限らず、隔年、不定期、地域内にご不幸があると中止されることがある。現地に出かけられる方は、積雪、凍結などで道路状況、交通も遅延、不通などが生じることも充分考慮に入れ、事前によく確かめる必要がある。
●05201 秋田市 ◆00533 鹿島流し
◆00654 秋田竿燈 秋田県秋田市
◆00857 秋田土崎山車祭 秋田県秋田市土崎。 神明社 □祭神 アマテラスオオミカミ 天照大神 □祭礼は七月下旬。 華麗につくられた見立山車を曳く。 □汎論 神明社の創祀は、元和六年(一六二〇)土崎の川口惣治郎が氏神としていた天照皇大神を湊城のあった跡地に遷し、土崎港の総鎮守としたのにはじまる。 土崎港は、江戸時代には北前船が秋田藩の交易港として出入りして繁栄し、湊八丁と呼ばれ、次の町割がされていた。 新城町 上酒田町 下酒田町 永覚町 加賀町 小鴨町 萱村町(肴町) 菻町 現在は四十七町内を九区に分ける。土崎の山車組の間には「統前制度」があって、 順番に一年間当番として土崎神明社の一年間の祭事を仕切る「とうや」のしきたりによって運営される。山車の多くは合戦の場面など藝臺を選んでつくられる。裸体の勇壮な武者人形が飾られた曳山である。土崎祭は、カスベというエイの鰭を甘辛く煮て客にもてなすところから別名、カスベ祭の別名がある。 山車(曳山)が曳かれた記録として、津村淙庵の紀行文である「雪のふる道」があり、寛政元年(一七八九)には「鉦、鼓、笛、三味線にあわせ四〇臺もの曳山が出ていたとあり、相当古くに起源があることがわかる。 また古い時代の山車はひじょうに背が高く七丈を越えるもの(約二二メートル)があり、競って高いものがつくられていたようである。 曳山囃子は、「港ばやし」がある。佐竹藩主旧地の茨城県常陸太田市には「天神囃子」に似ているといわれる。 港ばやしは、「寄せ太鼓」、「湊ばやし」、「あいや節」、「湊剣ばやし」、「加相ばやし」の五曲がある。 秋田おばこ、秋田大国舞いなど全国にも知られた著名な民謡の多い土地で「秋田音頭」なども披露されることがある。 江戸時代、土崎港とおなじように北前船の寄港した、福井県三国湊の三国祭、石川県旧美川町のおかえり祭、富山県東岩瀬祭、青森県鯵ヶ沢の白八幡宮祭に共通するものがある。土崎湊曳山まつりは国重要無形民俗文化財に指定されている。 □問い合わせ 神明神社 秋田県秋田市土崎港中央3丁目9-37(秋田市土崎港駅前通り) 電話 018-845-1441 FAX 018-845-2417
◆02413 秋田市民俗伝承館 秋田県秋田市
◇22740 秋田万才 秋田県秋田市
●05202 能代市 ◆00328 能代ねぶ流し 秋田県能代市能代市御指南町 日吉神社 □祭神 オオヤマクイノミコト 大山咋大神 オオモノヌシノミコト 大物主大神 オオクニヌシノミコト 大国主大神 □祭は七月下旬。 □山車(丁山) 山車(丁山)数臺を曳く。 □汎論 日吉神社は天文二年(一五三三)の鎮座と伝えられる。 例祭は旧暦四月の申の日のに行われる。氏子中より、1年間のうちに嫁いだ人が正装してお参りするので「嫁見まつり」の別名がある。 この日は、山車上に鯱鉾を型どったねぶたを飾って曳く。最終日は夜更にねぶたに火をいれ米代川に流す。 □問合せ先 能代市観光振興課 電話 0185-52-2111 ◆01037 日吉神社大祭 更新 □社名 日吉神社 □所在地 秋田県能代市御指南町 □祭神 □祭は七月下旬。 □山車 山車の形態(呼称)は、丁山。 ・大町 本坐人形は三番叟。 ・上町 本坐人形は鐘馗。 ・万町 本坐人形は猩々。 ・清助町 本坐人形は恵比寿。 ・後町 本坐人形は大國主命。 (順不同) □汎論 能代日吉神社の創祀は天文二年(一五三三)と伝わる。御神体が海中より見つかったといい、当初は下浜付近に祀られていたが、たびたびの水害で現地へ遷座となった。能代の鎮守である。 秋田県内には物部氏と、日吉神社の遺構が目に付くが、当社もその範疇に含まれると考えられ、伝えられる創祀よりさらに古い歴史がありそうである。他の神社でも、オオナムチノミコト(大己貴命)、オオモノヌシノカミ(大物主神)が併祀されているのは、古代出雲系氏族−物部氏族へと移った勢力の変遷が秘められているように推定される。 山車は【丁山】とよび五町から出る。従前の山車は二層式で、下臺は大幕で四方を囲み上臺は本坐で、勾欄で囲まれた内側に依代となる人形がのる。勾欄は四方を閉じて、開口されず結界を形作っていた。屋根は市松模様の油障子紙で葺かれる。屋根を市松模様の和紙で葺く形式は大分県にも見られる。従来はもっと数があったと伝わるが罹災し現在に伝わるのは五臺で、神社境内に収蔵庫があってたいせつに保存されている。 □問合せ 能代市観光振興課 電話 0185-89-2179 問い合わせ先 日吉神社 電話 0185-54-1443 能代観光協会 電話 0185-89-2579 * 行政コード番号は従前のままです。 20120523 更新
◆21563 仁井田番楽 秋田県能代市仁井田 新山神社 □汎論 仁井田番楽は、山形県の羽黒三山の一山である湯殿山の奉納神楽が起源とされる。およそ三〇〇年に及ぶ歴史がある神楽といわれ、ながいあいだに歌舞伎や狂言の影響をうけつつ消長を繰り返しつつ現在に伝えられている。 番楽奉納日には、新山神社で、打ち鳴らし、みしま、獅子舞、小若の太刀舞、御神楽の五番を奉納し、ついで場所を移して、五調子、信夫太郎、弁慶牛若など十一番が演じられる。子供たちによる花番楽は人気がある。 囃子は、笛、太鼓、手びら鉦、錫杖、獅子笛も用いられる。
◆02414 能代ねぶながし館 秋田県能代市
◇21566 檜山舞 秋田県能代市檜山
●05203 横手市 ◆00296 旭岡山ぼんでん 秋田県横手市
●05204 大館市 ◆00500 大館のどんじん 秋田県大館市 □汎論 「どんじん」とは、「道祖神」のことである。秋田県内には各地に道祖神が祀られている。道祖神は、塞ノ神、賽の神などともかかれるが、サエの神として一定の地域(たとえば村など集落)の入口に祀られ、道の神、夫婦和合、病魔など悪縁の浸入を見張る。庚申と併せて祀られるこ例も多い。集落の出入口の上下(かみしも)の入り口側には道祖神、出口側には庚申(青面金剛神)を祀る。 秋田県内の道祖神の祠には、男女二体の神が木で作られ(ときに藁で作られるものあるらしい)、赤く塗られていることが多い。江戸時代には白く塗っていたものらしい。たとえば、大館市新沢の道祖神は半裸体の男女神が二体大きく口をあけ、腰蓑をつけ、腰に刀を差す。女神にはおおきなまるい乳房がある。 男神側には鹿嶋大明神、女神側には道祖神と書かれた白い幟が添えられている。長野県各地には道祖神が普通に見られるがほとんど石造である。
●05205 由利本荘市(旧本荘市) ◆03776 本荘八幡神社祭典 秋田県由利本荘市(旧本荘市) 本荘八幡神社 □祭は九月中旬。 山車を曳く。 □山車 ・大町 ・中町 ・肴町 ・後町 ・猟師町 ・美倉町 ・東町 ・大門街 ・田町 ・駅前通 ・本町通 (順不同) □汎論 本荘八幡神社、祭典の神幸には、榊、先傘鉾、大名行列、山車、神楽山、後傘鉾が加わる山車は祭に組み込まれている。大名行列、山車が神楽山に先行しているのが注目される。大名行列には供奴から掛け声がかかる。 永 永採 余栄 (エイ エイサレ ヨエサ) 永弥余 万果盛 (エイヤト マカサ)」 永弥余 万果盛 (エイヤト マカサ)」 呼手を御とせ 嬬(コテヲオントセ コウシ) というのだそうである。 □問い合わせ 由利本荘市観光協会本荘支部 電話 0184-24-6349
◇20221 猿倉人形 秋田県本荘市
●05206 男鹿市 ◆02416 どんどネブ流し行事 秋田県男鹿市
●05207 湯沢市 ◆00523 七夕絵燈籠 秋田県湯沢市 □祭は八月上旬。 □汎論 元禄十五年(一七〇二)、佐竹南家の五代義安に、京都の公卿である鷹司家から娘が輿入れしたが、娘は都への郷愁を七夕の短冊に思いをこめた。腰元は姫の胸中を察し絵燈籠を竹笹にさげたのが湯沢七夕飾燈籠のはじまりだという。 夜の闇のとばりがおりるころ、見事な多くの美人画が行燈のあかりに照らし出される。郷愁というより落ち着いた哀愁がただよう。
◆02536 愛宕神社祭 秋田県湯沢市
●05208 大曲市 ◆00600 川渡り梵天 秋田県大曲市
◆00754 大曲船祭 秋田県大曲市
●05209 鹿角市 ◆00628 鹿角花輪囃子 秋田県鹿角市
◇31557 大森親山大権現舞
◆02371 花輪ねぷた 秋田県鹿角市花輪
●05303 小坂町
●05321 鷹巣町 ◆01266 鷹巣綴子大太鼓祭 秋田県鷹巣町綴子 八幡宮綴子神社(はちまんぐうつづれこじんじゃ) □祭は七月中旬。 巨大な太鼓臺がでる。 □汎論 鷹巣綴子大太鼓祭には巨大な太鼓臺がでる。祭がはじまったのは古く、弘長二年(一二六二)の鎌倉時代だと伝わる。太鼓の胴は上町が、直径三・八メートル、下町は三・七一メートルあるといい、青森市のねぶた祭、弘前市のねぷた祭にも巨大な太鼓が出るが、鷹巣綴子大太鼓祭に出る太古はさらに大きく世界一の大きさを誇る。ひとつの太鼓を数人の男性が打つのは壮観である。 このような大きな太鼓になったのは昭和期になったからだそうで、大正時代には差し渡し一間くらい(約一・八メートル)だったというが、それでも大きい。虫追い、雨乞い、五穀豊饒を祈願する祭として行われる。 国道七号線沿いにある「道の駅 たかのす 大太鼓の里(秋田県北秋田郡鷹巣町綴子字大堤道下62-1)」には、この大太鼓が展示されている。
●05322 大館市(旧比内町) ◆02419 比内大日神社祭 秋田県大館市(旧比内町)独鈷字大日堂前 大日神社 □祭神 オオヒルメムチノミコト 大日霊貴命(天照大神) 配祀 トヨタマヒコノミコト 豊玉彦命 合祀 ウカノミタマノミコト 稲倉魂命 カナヤマヒコノミコト 金山彦命 オウジンテンノウ 応神天皇 サルタヒコノミコト 猿田彦命 □祭は五月上旬。 「やま(山)」とよぶ山車一臺を曳く。 □汎論 もと大日如来を祀る仏堂に伝わる祭。 神事として、大日神社例大祭、湯立て神事があり、米の作柄を占う目的で行われる。 付属芸能として、独鈷囃子がある。独鈷城を築いた浅利則頼が祝宴で剣をとって踊り、のちに城内の婦女子に銀扇を与えて踊らせたのが始まりと伝えられる。比内地方最古の囃子と言い大館市の無形民俗文化財に指定されている。 独鈷ばやしには、 ・寄せばやし ・本ばやし ・剣ばやし ・帰り山車 の四曲がいまに伝わり、大日神社祭に奉納される。
◇06041 扇田絵燈籠祭 秋田県大館市(旧比内町)
●05323 森吉町
●05324 阿仁町 ◇31561 大日堂の舞楽 秋田県阿仁町根子
◇21564 根子番楽 秋田県阿仁町根子
●05325 田代町
●05326 合川町
●05327 上小阿仁村
●05341 琴丘町
●05342 二ツ井町
●05343 八森町 ◆02420 ハタハタブリコ祭 秋田県八峰町(旧八森町) □祭は八月中旬。 山車を曳く。 □山車 ・八森地区 ・岩館地区 □汎論 平成になってはじめられたまつり。
●05344 山本町
●05345 八竜町
●05346 藤里町
●05347 峰浜村
●05361 五城目町
●05362 昭和町
●05363 八郎潟町 ◆33920 願人踊 秋田県八郎潟町 京都の六波羅蜜寺(西光寺)は空也上人の開基と伝えられ、運慶四男の康勝作といわれる空也像がある。俗に「食うや食わず空也上人」などといわれるが。平安時代、胸に小鉦子をかけ、愛していた鹿を殺された悲しみで、その鹿角を杖頭につけ、朝には命あることを喜び、夕べには死期の近づいたことに感謝し、念仏を唱えて各地を遍歴したと伝えられる、その声明は唱える声は仏になって立ち上ったという。踊念仏、六斎念仏の開祖といわれる。 京都市中京区蛸薬師通堀川東入る亀屋町にある「空也堂(極楽院)」も空也上人の開基とされ、この地は六斎念仏発祥の地とされている。京都の町中を、念仏を唱え、鉦子や太鼓を叩いて、踊り念仏を唱えたのが六斎念仏のはじまりだといわれる。六斎念仏は、江戸時代には念仏踊を中心とする従来の六斎念仏から発展したもののほかに、浄瑠璃等を取り入れて、風流化した「芸能六斎念仏」が登場した。 現在は、この空也堂と光福寺(京都市左京区)の二流に分かれて伝わる。 念仏踊は、踊手と歌い手が分かれて演じられ前者の念仏を唱えながら踊る踊念仏と区別されている。念仏踊は、菅原道真が讃岐国司だったころ行った「雨乞踊」が起源とされう。さらにこれが、 「念仏踊」になったのは、法然上人が讃岐に流されたとき、この踊を見て台詞を念仏に変えた 「念仏」を唱える踊りをはじめたことによるとされていて、香川県綾歌郡綾川町滝宮では「滝宮の念仏踊」が行なわれている。いまも全国に残る「念仏踊」の起源とされる。 願人踊りは富山県の小矢部市、おなじ富山県の大沢野町(現在富山市)につたわり、大沢の町では山車が曳かれる。 さて、八郎潟町の願人踊であるが、こちらは「願人坊主」によりおこなわれてきたとの伝承がある。願人坊主とは、依頼人に代わり、神仏への代参や代垢離をしていたひとたちのことで、この集 団はのちに僧体お門付芸人にもなっていった。藤沢派(羽黒派)と鞍馬派の二派に分かれていたといわれる、門付藝の演目は、願人踊、阿呆陀羅経、ちょぼくれ、ちょんがれなどで、俗曲のかっぽれや浪花節などにまで及んだといわれる。歌舞伎舞踊の長唄「まかしょ」、清元「浮かれ坊主」などにも影響を及ぼしている。 八郎潟町に願人踊が伝わったのは江戸時代初期と推定されている。五月上旬、市神社祭で奉納踊を演じた後に各家々を門付けして回り、町流しの門付では、願人踊の途中で、仮名手本忠臣蔵五段目の山伏「定九郎」と爺ちゃ「与一兵衛」のかけあいなどの寸劇が披露されで観衆から喝采の声が上がる。 この門付藝の願人は紫の頭巾をかぶり、傘鉾を奉持する。 八郎潟町の願人踊は三重県方面からの伊勢音頭の系統を引くと言う解説がある。平安時代に起源を持つと言われる六斎念仏、念仏踊、風流などの要素が入っているように思われる。
●05364 飯田川町
●05365 潟上市(旧天王町) ◆31559 東湖八坂神社の蜘蛛舞と牛乗神事 更新 □社名 東湖八坂神社 □所在地 潟上市(旧天王町) □祭神 □祭は七月神社。 □山車 □汎論 東湖八坂神社で行われる例祭には、スサノオノミコト(素盞嗚命)に扮した男性が牛に乗り齋行する。 祭礼は祗園祭の系統と推定され、牛に乗るスサノオノミコトは、牛頭天王を象徴した神の依代である。祭礼を【統人行事】とよぶ慣習は、当祭礼がまだ神官のいなかった草創期に、とうにん(頭人、党人などと書かれる(【とうや制度】によって祀られていた伝統をついでいる。 □参考 次を参考にさせていただきました。 ・東湖八坂神社お囃子奉納 (秋田県潟上市天王町) 動画 http://www.youtube.com/watch?v=7rlEX4U_0IA ・2:44東湖八坂神社 例大祭・統人行事(7/10) http://www.youtube.com/watch?v=rW8cy4w5JG8 ・飯能祭りで使用したままの発電機(900W) 元禄弥 山車製作日記 http://blogs.yahoo.co.jp/genrokuya1030/10870859.html ・手賀沼、雪景色 久し振りの大雪 目一杯着込んで、手賀沼辺りに…… あび散歩 我孫子・手賀沼散歩 http://ameblo.jp/abiko-watching/ http://blogs.yahoo.co.jp/abi_sanpo ・吾庵山 金乗院 放光寺(山口観音)の五重塔 へいへいのスタジオ2010 故郷埼玉 健康第一、無事故第一、見沼田んぼ大好き!写真ブログだよ http://blogs.yahoo.co.jp/heihei_2010 ・モルディヴ旅行記 サンドバンクに、上陸シて… あまりの、別世界にかんどーの、あまり、スグ海へ…とぷん… miranonnブログ 〜 のんびり日常・ときどき旅 ほ〜もん、嬉しいです〜^^v http://blogs.yahoo.co.jp/kanateru992001/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=21 ・伊豆の旅行 最後は三嶋大社 はるんの気ままなブログ マイペースで気ままな日々を記録しています ご訪問ありがとうございます http://blogs.yahoo.co.jp/nonki_harumi ・進化する山車 http://blogs.yahoo.co.jp/min_aoi_show/50000417.html * 地域を特定しやすくするため行政コード番号は変更せず、従前のままです。 ◆日本の山車 ブログ 日本の山車 http://blogs.yahoo.co.jp/ypjcd447/ 暘州通信 http://blog.goo.ne.jp/admin/ ◆日本の山車 ホームページ 【都道府県別分類】は、これまでの記事はこちらに整理統合しています。随時編集中です。 http://hiyou.easy-magic.com/
●05366 井川町
●05367 若美町
●05368 大潟村
●05381 河辺町 ◆02421 河辺岩玉神社祭 秋田県秋田市(旧河辺町) □祭は一月下旬。 山車を曳く。 □汎論 湯の花神事がおこなわれる
●05382 雄和町
●05401 仁賀保町
●05402 金浦町
●05403 象潟町
●05404 矢島町
●05405 岩城町
●05406 由利町
●05407 西目町
●05408 由利本荘市(旧鳥海町) ◇31560 猿倉人形 秋田県鳥海町
◇31562 鳥海山の番楽 秋田県由利本荘市(旧鳥海町)
●05409 東由利町
●05410 大内町
●05421 神岡町
●05422 西仙北町
●05423 角館町 ◆00298 角館神明祭 秋田県角館町
◆00493 岩瀬薬師堂祭 秋田県角館町
●05424 六郷町
●05425 中仙町 ◇31565 東長野の簓 秋田県中仙町東長野
●05426 田沢湖町
●05427 協和町
●05428 南外村
●05429 仙北町 ◆31905 刈和野の大綱引 秋田県仙北町刈和野
●05430 西木村
●05431 太田町
●05432 千畑町
●05433 仙南村
●05441 増田町
●05442 平鹿町 ◆03767 麻舞八幡神社秋祭 秋田県平鹿町
●05443 雄物川町
●05444 大森町 ◆31205 大森の鍾馗さま 秋田県大森町 □汎論 「しょうきさま」とは「鍾馗」のことである。丈夫な子に育つように、端午の節句に五月人形として飾られるのが多く見られ、鍾馗像は魔除の力あるとして、幟や屏風絵、また軸装して床の間にかける。道教系の神として民間信仰の対称になる。 鍾馗の事跡はあきらかでないが、通説として、唐の皇帝玄宗が病に伏せたとき、夢に髭面の大男があらわれ、病魔を調伏して玄宗を病から救う。 玄宗が男に素性を尋ねると、「自分はは終南県出身の鍾馗というが、武徳年間(六一八−六二六)に官吏登用試験である科挙を受験したが失敗したことを恥じ、宮中で自殺した。しかし高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたのでその恩に報いるためきた」と告げた。 病の癒えた玄宗は、画家の呉道玄に鍾馗の絵姿を描かせたのだった。 秋田県内では大森町に祀られるほか、横手市、旧南外村、能代市などにあり、小掛の鍾馗様は能代市の文化財の指定を受けている。 町や村の入口に病魔が入るのを見守っている。位置づけは「道祖神」で、女性の鍾馗さまもある。
◆01567 保呂羽山霜月神楽 秋田県横手市(旧大森町)大森町八沢木字保呂羽山 保呂羽山波宇志別神社(ほろわさんはうしわけじんじゃ) □祭神 アンカンテンノウ 安閑天皇 合祀 ホムスビノカミ 火産霊神 スサノオノミコト 須佐之男命 キクリヒメノミコト 菊理姫命 オオヒルメノミコト 大日□命(□は文字なし) スガワラミチザネ 菅原道真 カナヤマヒコノミコト 金山毘古命 ウカノミタマノミコト 稻倉魂命 オオナムヒノカミ 大名持神 スクナヒコナノミコト 少彦名命 イワトワケノカミ 岩戸別神 ヤオモイカネノミコト 八意思兼命 イザナギノミコト 伊邪那岐命 フツヌシノミコト 経津主命 サルタヒコノミコト 猿田彦命 天津御女命 タケミナカタノミコト 健御名方命 オウジンテンノウ 応神天皇 オオヤマツミノミコト 大山祇命 オオヤマクイノミコト 大山咋命 □神事は十一月上旬。 □汎論 保呂羽山波宇志別神社は延喜式神名帳に記載される古社。神社の神事に付属して神職が古くから神楽を奉納してきた。古くは旧暦の十一月(新暦の十二月)に行われてきたので霜月神楽の名があるが、現在は、新暦の十一月に行われる。 民俗伝承に、春になると山の神は山から里に降って、田ノ神となり、秋の収穫が終わるとまた山に戻って山ノ神にもどる。これにあわせて「神迎え」と「神送り」が行われる。神迎えの祭では、大釜に湯を沸かし、神官あるいは巫女は沸き立つ湯の中に竹や笹をひたし、この湯を参詣人に振り掛ける「湯たて神事」、「湯の花神事」が各地で行われる。富山県の雄山神社には驚くような湯立て釜が保存されていてかつては多くの参詣者があったことをうかがわせる。この湯にかかると一年を健康、息災に過ごせるといい、参詣人がひしめく。中部地方には岐阜県の羽島市をはじめ山車の上に巫女が立って大釜の湯(五色の色紙)を振りまくからくり戯にも取り入れられている。 「山ノ神」はたいへん嫉妬深い女性とされるが、オオヤマツミノミコト(大山祇命)、オオヤマクイノミコト(大山咋命)は男性神なので「山ノ神」ではないので神代巻に一致しない。 保呂羽山神楽は、保呂羽山波宇志別神社の里宮(大森町八沢木木ノ根坂)に神楽座を設け、保 呂羽山、御嶽山、高嶽山の三山の神々を勧請し、大友氏が斎主となって近郊の楽人や氏子が集まり、夕刻より 翌朝にかけて夜を徹して奉齋され、「寄合神楽」とされている。 神楽は三十三番からなり、一番おきに、湯箒を持って四方を拝する「湯加持」を舞う。 十一番目の天道舞は湯立ての本舞いで、十九番が、「山の神舞」で、夜の丑の刻に舞う最も重大な 舞とされる。保呂羽山霜月神楽の次第は古記録が失われ、現存する「保呂羽山御開山以来之次第」記録に天正十八年(一五九〇)とあることから、この年を濫觴とする説があるが、起源はさらに古く、民俗行事と神事が褶合したと考えられる。国の重要無形民俗文化財に指定されている。保呂羽山の中腹には波宇志別神社の神楽殿があり国の重要文化財に指定を受けている。 保呂羽山(ほろわさん)は、秋田県横手市大森町にある矢まで標高四三八メートル、鳥海山系の山で、古代には山そのものをご神体とする神南備山であろう。「ホロワ」はアイヌ語で「神聖なる霊山」の意だという。横手市(旧大森町)の保呂羽山、湯沢市の御嶽山、大仙市の神宮寺嶽に祀られている三神は三姉妹だという民間伝承がある。
●05445 十文字町
●05446 山内村
●05447 大雄村
●05461 稲川町
●05462 雄勝町
●05463 羽後町
●05464 東成瀬村
●05465 皆瀬村
* 行政コード番号は従前のままです。 20130106 更新
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