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日本の山車 日本の山車
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標題の写真説明
2014-07-01
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  表題の写真説明
 ボックスのタイトル : 関東
 題名 : ◆群馬県

日本の山車 群馬県

総論
 群馬県は、【毛(け)の国】であり、上(かみ)と下(しも)に分かれ、上が【カミツケノクニ】、下が【シモツケノクニ】で、これが古国名の【上野国(こうづけのくに)】、【下野国】になった。上と下をあわせて【両毛】とよび、現在も【両毛鉄道】、【両毛新聞】などのようにその名称が生活に息づいている。
 県内には、赤城山、榛名山、妙義山の名山が聳える。上毛三山とよばれる。いずれも古代の神南備山で、赤城山の赤城神社、榛名山の榛名神社、妙義山の妙義神社が存在し、春にはアキアヤシオつつじが美しい、このアカヤシオツツジを群馬県ではアカギツツジとよぶ。
 赤城山は国定忠治の名月赤城山が名高い、榛名山は富士山のように秀麗に尾を引く山容で、西側には山上湖、があって美しい水をたたえている。東の渋川市、西の中之条町から立派な道路が通じている。榛名山を東に約四キロメートル下ると榛名神社があり、神社参道と公道が交差し、社家町が形成されていて、およそ二〇件ほどの〇〇坊の名称がつけられた社家がならぶ。
 妙義神社は、奇岩で形成される峩々たる山塊の東麓に存在する。長野県の木曾の御嶽の東には開田村があるが村内には、かつて、【妙義大権現】の名称をつけた石碑が数箇所に建っていたが、近年の道路改修で見かけなくなった。木曾といえば木曾の御嶽信仰の本拠地であるが、この地にまで妙義信仰が入っているのは興味深い。妙義山はミョウギシダを稀産する。特産の羊歯であるが残念ながらまだ見る機会を得ない。
 祭は、一月には、道祖神祭、鳥追い祭が行われる。道祖神祭は神奈川県から山梨県、埼玉県を経て、群馬県に入り、さらに碓氷峠、富岡街道を経て、長野県の小諸市の御影、望月、春日にまで入ってところにより山車が曳かれる。
 春祭には予祝の三番叟が回れる地方がある、下長磯の三番叟は良く知られる。
 地芝居が行われる地があり、赤城村の小屋は全国でも唯一の【競り上げ、競りおろし】を行う機構を持つ野が珍しい、筆者は地元の方の好意で、この舞台の本座に座って競り上げを実体験できる幸運に恵まれた。今でも感謝している。
 また上方の浄瑠璃の系統をひく人形戯が演じられる地方がある。
 祭には、高崎市の【ふるさと祭】に代表されるように、ふるさと祭の名称がつけられた祭が各地で行われる。
 山車は江戸型式のものが多く、高崎市、渋川市、沼田市などに見られる。しかし、山車囃子は
【さんてこ】とよばれる歯切れの良い演奏が行われるところが多い。

●10201 前橋市
◆01137 前橋祭
群馬県前橋市
□祭は十月
山車、仮装山車、子供祇園山車が曳かれる。
□山車 
・本町一丁目
・大手町二丁目
・大手町三丁目
・住吉町一丁目
・住吉町二丁目
・城東町一丁目
・城東町三丁目
・城東町四丁目
・城東町五丁目
・南町一丁目
・朝日町三丁目
・朝日町三丁目
・表町一丁目
・表町二丁目
・若宮町一丁目
・若宮町二丁目
・若宮町三丁目
・若宮町四丁目
・三河町一丁目
・三河町二丁目 
・紅雲町一丁目
・紅雲町二丁目
・国領町一丁目
・日吉町二丁目
仮装山車
・城東町二丁目
・日吉町四丁目
・日吉町四丁目 
子供祇園山車
・本町三丁目
・朝日町二丁目

◆05182 諏訪神社祭
群馬県前橋市上泉町 
諏訪神社
□祭は一〇月中旬。
三年ごとに山車五臺を曳く。
□汎論
 前橋市上泉町は、上泉信綱(かみいずみのぶつな)所縁の地。
 藤原秀郷は江州(滋賀県)瀬田の唐橋から三上山の大百足を退治した説話で知られるが、後年上野(こうづけ)の地にいたった。上泉信綱はその血をひく大胡氏の後裔だといわれる。桂萱郷上泉の地に砦を築いて居城とした。後年、新陰流を興し、永禄八年(一五六五)に柳生宗厳に伝え、のち武藝の柳生新陰流として知られる。
大和の大柳生で没したといわれ、柳生家代々の墓所のある芳徳寺に供養碑があるが、異説がある。

◆20108 下長磯の三番叟
群馬県前橋市下長磯
稲荷神社
□上演は四月中旬。
□汎論
 国道五〇号線の南、前橋市下長磯地区の稲荷神社に伝わる【式三番叟】で、拝殿では五穀豊穣、町内安全を祈り、二人遣いの浄瑠璃系人形により上演される。上演が終わるとが舞臺下で千歳が面箱を差し出して人々がくぐりぬけて無病息災を祈る。始まりは不明とされるが、人形の頭に安永九年(一七八〇)の墨書があり、江戸時代中期には行われていたことを裏付けている。
国の選択無形民俗文化財、群馬県重要無形民俗文化財に指定されている。

◆10001 二宮赤城神社
□現社名 二宮赤城神社
□旧社名 赤城神社
□所在地 群馬県前橋市二之宮町
□旧国名 上野國
□祭神
オオナムチノミコト 大己貴命
タギリヒメノミコト 多紀理比賣命
タギツヒメノミコト 多岐津比賣命
イチキシマヒメノミコト 市岐嶋毘賣命
アメノオシホミミノミコト 天忍穗耳命
アメノカサハヤノミコト 天之笠早命
クマノクスビノミコト 熊野久須毘命
イクツヒコネノミコト 活津日子根命
アマツヒコネノミコト 天津日子根命
ワクムスビノミコト 和久産巣日命
オオモノヌシノミコト 大物主命
タケミナカタノミコト 建御名方命
配祀 
スサノオノミコト 須佐之男命
タケミカヅチ 建御賀豆智命
オオトコヌシノミコト 大地主命
ヒコサシマノミコト 彦狹嶋命
スクナヒコナノミコト 少彦名命
アマツヒオオミカミ 天津日大御神
シナガツヒコノミコト 級津彦命
シナガツヒメノミコト 級津姫命
オオヤマツミノミコト 大山祇命
イワツツオノミコト 磐筒男命
イワツツメノミコト 磐筒女命
ヤマトタケルノミコト 日本武命
ホムダワケノミコト 譽田別命
スガワラミチザネ 菅原道眞
□汎論
 二宮赤城神社は、祭神がオオナムチノミコト(大己貴命)、宗像の三姉妹女神、三輪神のオオモノヌシノミコト(大物主命)、諏訪神のタケミナカタノミコト(建御名方命)の主祭神をはじめ、スサノオノミコト(須佐之男命)、スクナヒコナノミコト(少彦名命)、オオヤマツミノミコト(大山祇命)、アメノカサハヤノミコト(天之笠早命)、クマノクスビノミコト(熊野久須毘命) 、イクツヒコネノミコト(活津日子根命)、アマツヒコネノミコト(天津日子根命)、ワクムスビノミコト(和久産巣日命)、シナガツヒコノミコト(級津彦命)、シナガツヒメノミコト(級津姫命)、建御賀豆智命、大地主命、 彦狹嶋命、アマツヒオオミカミ(天津日大御神) 、ワツツオノミコト(磐筒男命)、イワツツメノミコト(磐筒女命) 、ヤマトタケルノミコト(日本武命)、譽田別命、菅原道眞が配祀されている。
 主祭神、合殿、配祀の関連が不明だが、古代祭祀の赤城山から、出雲系へとつながる古代の姿がうかがえる。
 ヒコサシマノミコトは、彦狭嶋命、日子刺肩別命、日子寤間命などと表記される。祭祀例が多くないが、
ハエヒメの三つ子兄弟の一人で、次男だとされる。 
荊波神社(うばらじんじゃ) 富山県砺波市池原南山
吉備津神社(きびつじんじゃ) 岡山県岡山市吉備津 
伊豫神社(いよじんじゃ) 愛媛県伊予郡松前町神崎
 などにも祀られている。 
 
●10202 高崎市
◆00078 高崎ふるさと祭
群馬県高崎市
□祭は八月上旬。
山車は三六臺あるが毎年すべては出ず、およそ半分ずつを年毎に交互にだして曳く。
□山車
中央地区
・田町(一、二、三丁目)
大正一二年七月吉日建造。工匠は鳴海幸造。人形は神功皇后、本庄市の松崎福松。
・赤坂町
創建は明治初期。現在の山車は大正一二年の建造。工匠は下横町の大房。人形は猿田彦、人形師は市内の黒川市五郎。
・常盤町
先代は大正六年建造。再建は昭和五七年一〇月。工匠は富岡市の松本工務店。彫刻は日光金光。人形は牛若丸。人形師は東京日本橋の亀屋甲斎清秀で先代のもの。彫刻は日光月光。幕は晃月。上幕は波に賀茂川と孔雀の羽根。下幕は波に千鳥」。
・歌川町
大正一三年一〇月建造。工匠は相川勝五郎。人形は藤原定家。人形師は東京神田の山本鉄之。上幕は荒波に飛魚。下幕は松竹梅。
・並榎町坂下
先代は大正七年の創建。昭和三年一月再建。人形は三条小鍛冶。人形師は東京神田の山本鉄之。彫刻は通町の池山正春。幕は荻原縫箔で上幕は岩と波、下幕は牡丹と蝶。
・柳川町
大正一三年五月吉日建造。人形は日本武尊。人形師は松崎福松(本庄市)。幕は成田町の藤井刺繍店。上幕は赤地に鶴。下幕は緑地に波と大亀。
・新紺屋町
大正一三年一〇月の建造。工匠は佐藤鷲七。人形は三番叟。人形は埼玉県岩槻市。幕は藤井刺繍店。上幕は赤地に鶴。下幕は緑地に池と大亀。
・寄合町
大正三年一〇月建造。工匠は加藤初太郎。人形は勧進帳より弁慶、東京浅草の人形師浪速屋。幕は大正三年、通町の新井直平。上幕は牡丹に唐獅子。下幕は松に御所車。
・連雀町
昭和二四年四月建造。人形は桃太郎、人形師は市内の黒川市五郎。彫刻は熊本の佐藤正寛。幕は京都・高島屋。上幕はふくら雀と波。下幕は桃太郎。

北地区
・並榎町
大正四年一二月建造。昭和二二年改修。工匠は相川勝治。人形は鏡獅子、人形師は市内の黒川市五郎。幕は波に龍、牡丹に唐獅子。
・末広町
昭和一一年八月建造。工匠は町田雄弘、棒屋の清水万吉の建造。人形は静御前。
人形師は本庄市の松崎富司。幕は丹頂堂、上幕は岩に砕ける波。下幕は吉野桜。
・請地町
昭和二三年七月建造。工匠は森川友徳。人形は羽衣の天女、市内の黒川天玉。
幕の原画は相川明。あけみや染工場。刺繍は桐生市の南ミシン加工所。上幕は龍と唐様。下幕は三保の松原と富士山。
・住吉町
創建不明。大正一三年一月再建。工匠は下横町の高橋房吉。人形は舞楽の蘭陵王。人形師は東京浅草の浪花屋・庄田七郎兵衛。幕は本町の久保川呉服店。上幕は雲と龍。下幕は雅楽の舞臺を表現して人形とあわせる。
・相生町
大正一二年建造。工匠は佐藤鷲七、白木鉄工所が埼玉より取得した山車を改修。人形は源為朝、人形師は東京神田の山本鉄之。上幕は松と桜を刺繍。下幕は三輪の大紋と波。
・本町一丁目
創建は明治七年、倉賀野仲町に譲渡。大正一〇年頃再建。昭和三年一〇月三たびの建造。人形は猩々、人形師は東京浅草の庄田七郎兵衛。幕は通町の新井直平と新井安平。上幕は赤地に岩と荒波。下幕は緑地に松と屏風。
・本町二丁目
・大正二年一〇月建造。人形は弁財天、東京浅草の人形師、晴雲斎秋月。幕は丹頂堂。上幕は波と龍。下幕は花車と岩に波。
・本町三丁目
大正七年三月建造。人形は石橋、人形師は本庄市の松崎福松。幕は同町の三代目、松本勝太郎。上幕は石橋、牡丹に唐獅子。下幕は岩に波。
・成田町
昭和八年三月建造。工匠は町内の細谷政吉。人形は素盞鳴命。人形師は本庄市の米福久。幕は丹頂堂。

東地区
・旭町
昭和二二年五月建造。工匠は池野常茂。人形は鍾馗、人形師は市内の黒川市五郎。
幕は通町の新井道平。上幕は雷紋。下幕は日の出と老松。
・田町四丁目
大正一一年一月建造。人形は龍神の舞、人形師は東京浅草、氏名不詳。幕は通町の新井道平、上幕はかもめ。下幕は獅子。
・山田町
大正一三年一〇月建造。工匠は同町の町田胸次郎。人形は木花開耶姫、人形師は本庄市の米富久。幕は平成四年に京都川島織物、上幕は丸龍。下幕は富士に松と鶴。
・九蔵町
昭和二二年五月建造。工匠は並榎町の相川勝次。人形は静の舞、人形師は東京上野黒門町の林正之輔。彫刻は池山正春。幕は昭和六〇年高崎市の丹頂堂で修復。上幕は赤地に巌と波。下幕は青地に瑞雲と若松。
・羅漢町
昭和二一年一二月建造。工匠は町内の斎藤駒雄。人形は大黒天、人形師は市内の黒川明玉平成二年に衣裳を晃月人形で新調。彫刻は高橋吉次、沢口亀次。幕は高崎市の丹頂堂。上幕は欄干。下幕は波と旭日。昭和六〇年四月に修復。
・北通町
大正一三年一月建造。平成六年改修。工匠は同町在住の鳴海幸造。人形は新田義貞、人形師は本庄市の松崎福松。彫刻は埼玉県大里の小林栄吉。幕は同町の小林栄吉、上幕は波涛。下幕は御所車に牡丹。
・高砂町
大正一四年一〇月建造。工匠は高砂町内の人。人形は神武天皇、人形師は本庄市の松崎福松。彫刻は深堀喜一。幕は昭和五六年八月、市内の丹頂堂。上幕は雲に勾玉。下幕は波に鶴。
南地区
・下和田町
昭和九年一二月建造。人形は牛若丸、人形師は本庄市の米富久。幕は市内の丹頂堂・新井好冶、上幕は松に丹頂鶴の刺繍。下幕は波頭と水鳥の刺繍。
・石原町下一
創建は明治四一年。昭和五八年一二月再建。工匠は柏崎市の広田淳一。人形は少名彦名命、人形師は岩槻市の川崎阿具。幕は晃月人形。上幕は赤地に波頭と鶴。下幕は梧桐に鳳凰。
・石原町下二
創建は文化四年(一八〇七)。平成元年一二月建造。工匠は寺尾町の浦野一郎。彫刻は旧臺のものを用いる。人形は彦狭島王。人形師は市内の晃月人形。幕も晃月人形、上幕は波と千鳥。下幕は松竹梅に鷹。
・下横町
昭和六年一二月建造。工匠は町内の高橋房吉。人形は天照大神、人形師は本庄市の米福久。平成二年に人形衣裳を修復。上幕は二見ヶ浦の旭日。下幕は鳳凰。
平成五年二月に罹災。枢臺、備品の多くを損傷したが、平成一〇年に復活した。
・砂賀町
大正三年一月建造。工匠は佐藤正貫。人形は恵比寿、人形師は熊本市の熱賀昭男。幕は市内の丹頂堂、上幕は赤地に鶴と亀。下幕は緑地に鶴と波。
・南町
大正一三年一〇月建造。工匠は市内下横町の高橋房吉。人形は楠正成、人形師は東京神田の山本鉄五郎。幕の図案は通町の新井道平、刺繍は今井。上幕は赤地に菊水紋。下幕は青地に松、楠公の菊水、岩。地幕は紺地で、波と千鳥、楠公の菊水。
・和田町
大正一一年八月建造。人形は菅原道真公、人形師は東京浅草の山本福松。彫刻は池山正春。幕は市内の丹頂堂。上幕は赤地に菊水。下幕は菅原道真公、愛梅との別れ。
・通町
大正元年一〇月建造。設計は富田幸太郎。工匠は加藤初太郎。人形は龍宮の乙姫、。人形師は東京日本橋の人だが氏名は不詳。幕は市内丹頂堂。上幕は龍宮城。下幕は波と亀。
・新町
大正六年一月建造。工匠は篠谷こう。人形は建御名方命。人形師は東京神田の亀家清秀。。彫刻は熊谷市の飯田。幕は市内の新井道平。上幕は雲に龍。下幕は岩上の鷹と荒波。
・八島町
大正一三年一月建造。工匠は山本鉄。人形は神功皇后、人形師は東京浅草の山本福松。彫刻は佐藤正貫。幕は熊井呉服店。上幕は岩に波。下幕は孔雀に牡丹を刺繍する。
・新田町
明治四三年四月建造。人形は浦島太郎、人形師は東京浅草の山本福松。上幕は龍と荒波。下幕は亀と岩と波。

◆05183 八幡神社祭
高崎市山名町
八幡宮
□祭 四月と一〇月
屋臺三臺を曳く。
・木部
・山名
・根小屋 

◆10002 小祝神社
群馬県高崎市石原町
□現社名 小祝神社(おぼりじんじゃ)
□旧社名 
□旧国名 上野國
□祭神
スクナヒコナノミコト 少彦名尊
合祀 
ハヤタマオノミコト 速玉男命
オオヒルメノミコト 大日□命(□は文字なし)
イタケルノカミ 五十猛神
タケミナカタノカミ 健御名方神
オオクニヌシノミコト 大國主神
ホムダワケノミコト 譽田別命
イザナミノミコト 伊弉冉命
合祀 
ウケモチノカミ 宇氣母智神
ウカノミタマノカミ 倉稻魂神
オオナムチノカミ 大名持神
オオヤマツミノカミ 大山祇命
ヤツジヒメノカミ 八衢姫命
キクリヒメノカミ 菊理姫命
カグツチノミコト 軻遇突智命
合祀 
ヤツジヒコノカミ 八衢彦神
クナトノカミ 久那止神
イチキシマヒメノミコト 市杵嶋姫命
コトトケオノミコト 事解男命
スサノオノミコト 素盞嗚命
スガワラミチザネ 菅原道眞

□汎論
 小祝神社(おぼりじんじゃ)は、延喜式神名帳上野國片岡郡に記載される上野國十二社のうちの一社である。祭神は主祭神と合祀の祭神があり、創祀以来の長い歴史の中で変遷し、混在している。おそらく創祀時の祭神は、スサノオノミコト(素盞嗚命)、オオクニヌシノミコト(大國主神)、イタケルノカミ(五十猛神)、諏訪神の

●10203 桐生市
◆00102 桐生祇園祭
群馬県桐生市
美和神社
□祭は七月
□汎論
 もと衆生院があった地(現本町三丁目)に午頭天王社を招いたのが創祀とされる。衆生院の改宗との説もある。明治以降になって八坂神社となり、さらに現在の美和神社へと併合された。
桐生祇園祭起源は、明暦二年(一六五六)の記録がもっとも古いとされ、安政期ころより本町惣六町(一町ー六町)の屋臺が建造され、江戸末期には屋臺が五臺ほどでて、祇園囃子が演奏され、「曳き違い」も行われたといい、初期の屋臺は附祭として曳かれ、「なまず」、「牛若丸」などの飾り物が乗っていたと伝わる。
絹織物の町として、市神と午頭天王社の祭がいっしょになり、夜を徹して芝居が行われ、その賑わいは関東の三大夜祭としても知られた。
八月上旬には「桐生八木節まつり」が行われ、民謡でよく知られる全日本八木節競演大会が行われる。
□問い合せ
桐生市産業経済部観光交流課
電話 0277-46-1111

◇31461 広沢の宮比神楽
群馬県桐生市広沢

◆02482 あーとほーる鉾座
群馬県桐生市

●10204 伊勢崎市
◆01193 波志江祇園祭
群馬県伊勢崎市波志江
□社名 愛宕神社
□祭神
ホムスビノミコト 火産霊命
□祭は一〇月中旬(山車の曳行は不定期)。
山車(屋臺)を曳く。
□山車(屋臺)
・宿波志江
本坐人形は上杉謙信と武田信玄の川中島の決戦。
江戸後期の建造と言われる。詳細不明。
・下波志江
本坐人形は弁慶。
詳細不明。
・宮貝戸
本坐人形は静御前。
詳細不明。
・中野面
本坐人形は国定忠治、名月赤城山。
詳細不明。
・稲間組
本坐人形は鏡獅子。
稲岡と間之山の頭文字をとって命名。
幕末安政四年(一八五七)の建造。工匠は矢内重蔵。
彫刻は江戸日本橋の後藤恒徳。
・中屋敷
本坐人形は鏡獅子。
・岡屋敷
徳川家康の出陣。
幕末の文久四年(一八六四)の建造。
詳細は不明。
・西屋敷
詳細不明
・大鍋
本坐人形は義経記の勧進帳(安宅関)。
詳細不明
・新宿
本坐人形は、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘。
明治三十四年の建造。
工匠は新井与作。
(順不同)
□汎論
 波志江(はしえ)の愛宕神社は、空っ風の強い当地が火災を防ぐため祀ったといわれる。明治一〇年(一八七七)に、近隣の十七社を統合し現地に合祀された。祭には不定期に山車(屋臺)が曳かれる。
 山車(屋臺)は一〇臺があり、すべてがよく揃った同じ形式で作られている。
 波志江の山車(屋臺)をおおきく特徴付けるのはその構造で、単層の四方を開放し、
神の依代となる本坐と山車囃子をおこなう藝坐とをおおよそ二対一で分割する。囃子坐が前後に狭いので、小太鼓は山車の外に出る。
本坐には山車組ごとに大きな人形が飾られる。藝坐は、関東各地に見られる小太鼓が四、鉦は柱の左外、大皮(大太鼓)は柱の右にでる。上州囃子のさんてこのながれをくむ歯切れのよい見事な演奏が披露される。
 山車の柱は角柱で、緻密な彫刻がなされ、昇龍・降龍がとりつくものもある。
 下臺は強性のたかいふとい部材が組まれている。「白樺を使用」という解説を見かけるが、白樺材は脆弱で山車の酷使には耐えられない。誤りであろう。
 縁は勾欄がないので、外部からは見やすい。
 大きな唐破風の屋根があり、懸魚とともに大きく立派な彫刻がつけられている。
 山車人形は、
・宿波志江の本坐人形は、上杉謙信と武田信玄の川中島の決戦。近年は本能寺の変。
・下波志江の本坐人形は、武蔵坊弁慶。
・宮貝戸の本坐人形は、静御前。近年は鏡獅子。
・中野面の本坐人形は、ご存知、名月赤城山国定忠治。近年は水戸黄門。
・稲間組の本坐人形は、鏡獅子。
・中屋敷の本坐人形は、鏡獅子。
・岡屋敷の本座人形は、徳川家康の出陣。近年は、弥次喜多道中記。
・西屋敷は、詳細不明。近年は忠臣蔵
・大鍋の本坐人形は、北陸道安宅関の勧進帳の場、源義経。近年は五穀豊穣祈願。
・新宿の本坐人形は、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘。近年は川中島の決戦。
(順不同)
 神社と人形には相互に関係がない。
 波志江祇園祭は伊勢崎市重要有形民俗文化財に指定されている。

◆02483 伊勢崎祭
群馬県伊勢崎市

◆10005 倭文神社
□所在地 群馬県伊勢崎市東上之宮町字明神東
□旧国名 上野國
□現社名 倭文神社(しとりじんじゃ、しどりじんじゃ)
□旧社名 甲波宿禰神社
□祭神
アメノハヅチオノミコト 天羽槌雄命
□配祀 
スサノオノミコト 素盞嗚命
オオナムチノミコト 大己貴命
オオヤマツミノミコト 大山祇命
コノハナサクヤヒメノミコト 木花咲耶姫命
ウカノミタマノミコト 倉稻魂命
キクリヒメノミコト 菊理姫命
 トヨウケヒメノミコト 豐受姫命
ホムダワケノミコト 譽田別命
スガワラミチザネ 菅原道眞
□汎論
 倭文神社(しとりじんじゃ、しどりじんじゃ)は、延喜式神名帳上野國那波郡に記載される、上野國十二社のうちの一社。祭神のアメノハヅチオノミコト(天羽槌雄命)は各地の倭文神社に共通する。スサノオノミコト(素盞嗚命)をはじめとする、海神系、出雲系の神々が配祀される。当地は、【伊勢崎銘仙】で知られる絹織物の産地で夙に名高い。長い年月を通じて絹織物を生産してきた歴史があり、倭文神社が尊崇されてきた。

●10205 太田市
◆02484 沖之郷祇園祭
群馬県太田市沖之郷
八坂神社
□祭は七月下旬(三年毎)。
□山車
・北
天保四年(一八三三)の建造。
龍の彫刻に、天保四年武州本庄(埼玉県本庄市)住折茂長五郎保高とある。
・東南
・西、新田
建造期は幕末と推定されている。
□汎論
 山車三臺を曳く。
 北、東南、西、新田の地区名称は、「こうち」をつけて呼ばれてきた。「こうち「
」とは耕地を意味するとされる。祇園囃子が演奏されるがすこし調子が早く、軽快な感じがする。祭の創祀は不明であるが、道具入れに「文政」の記録にがあり。それ以前から行われていたのはまちがいない。
山車囃子は埼玉県川越市の山車囃子に共通するものがある。
・さんてこ囃子 西新こうち
・祇園囃子 北こうち、東南こうち
・昇殿 北こうち、西新こうち
・やっししゃ、鎌倉、にんば 北こうち
・四丁目 東南こうち

●10206 沼田市
◆00163 沼田おぎょん祭
□社名 榛名神社
所在地 群馬県沼田市須賀
□祭は八月上旬。
□山車
・鍛冶町 い組
本座人形は素盞鳴命。
もと清水町建造の山車を中町を経て譲り受けた。
・下之町 に組
本座人形は歌舞伎の暫。
昭和四十八年の建造。
工匠は渋川市寄居町の大工だという。
・坊新田町 ほ組
昭和五十七年の建造。
・中町 な組
本座人形は歌舞伎の勧進帳の弁慶。
平成六年の建造。
彫刻は富山県井波町の南部白雲。
・上之町 か組
本座人形は三条小鍛冶。田口義雄の作。
昭和五十二年の建造。
工匠は高崎市下横町の高橋工務店。
先の山車は西倉内町に譲渡された。
・材木町 さ組
本座人形は牛若丸と弁慶。
昭和四十九年の建造。
彫物は先のものが用いられている。
・西原新町 は組
本座人形は鏡獅子。
昭和五十一年の建造。町内の人らによる。
・高橋場町 た組
人形は鍾馗
成二年の建造。工匠は町内の染谷至。
彫刻は館林の寺田芳蔵、幸次。
・西倉内町 西組
本座人形は佐藤忠信。
和五十二年に上之町より譲り受ける。
・東倉内町 東組
本座人形は真田太平記の小松姫、平成十五年の作、
昭和五十三年の建造
・馬喰町 む組
戦前は萬燈を出した。いまは神輿で参加している。
・清水町 よ組
中町に山車を譲渡しいまは曳かれない。
□汎論
 山車一〇臺を曳く。
 大坂の篠崎小竹門の梅花社に学んで、伊丹郷町(現兵庫県伊丹市)の明倫堂の学頭となった橋本香坡の出身地。妻の静もこの町の平尾氏の息女である。飛騨高山(岐阜県高山市)の屋臺に数々の名作を残す谷口與鹿との交友は兄弟以上であった。ともに長崎を旅した。長崎滞在中、橋本香坡は坂本龍馬と交友が生じ、天誅組義挙の発端となった五条代官所襲撃事件の森田節斎、伴林光平、吉野の鷲家口で戦死した藤井藍田らと交友があり、藤本鉄石、吉田松陰らとも交わっっている。幕末の鳥羽伏見の合戦に敗れた長州藩兵士らに手をさしのべたのを咎められ、大坂の下寺町にあった新撰組屯所に引き立てられ、そこで死去した。谷口與鹿の二人の娘を幼女としたが、與鹿に遅れることわずか一年後のことであった。坊新田の寺院に橋本香坡の漢詩碑が建てられている。
橋本香坡の交友関係から谷口與鹿の多くの事跡が判明しており、なんども訪問し、橋本香坡傳の著者である萩原進氏ら、ほか多くの方にお世話になった。飛騨高山の屋臺の謎を知るためには沼田市を知ることがきわめて重要である。
岐阜ー高山ー富山をむすぶJR高山本線の建設は昭和九年に開通したが、難工事で、当時すでに火薬が入手できず、関係者らを困らせていたが、沼田の商人の厚意で融通を受けている。高山本線開通の秘話がある。
□問い合わせ
沼田市商工観光課
電話0278-23-2111
□参考文献
橋本香坡傳 萩原進

●10207 館林市
◆00485 館林祭
群馬県館林市

●10208 渋川市
◆00202 渋川祇園会
群馬県渋川市
□八幡神社
□祭は八月中旬(隔年)
天王祭というが、神社は八幡神社である。山車一九臺を曳く
・元町 旧元宿。
大正八年建造。人形は武内宿禰。
・裏宿
大正三年、東京神田より取得。人形は日本武尊、もと鴻巣市で曳かれていた山車人形。
・川原町
大正三年、東京神田より取得。人形は神武天皇。
・上之町
明治二八年に鴻巣町(現鴻巣市)吉見屋・北嶋藤吉から取得。人形は弁財天。
・中之町
大正三年、高崎市田町より取得。人形は龍神の舞。
・下之町
大正二年、鴻巣町(現鴻巣市)より取得。人形は素盞鳴尊。
・新町
大正二年、鴻巣町より取得。人形は神功皇后。
・寄居町
大正二年、鴻巣町より取得。人形は仁徳天皇。
・坂下町 旧栄町
明治三三年九月高崎市赤城町で建造したもの。大正二年九月取得。人形は猿田彦命。
・長塚町
大正六年、高崎市鞘町より取得。人形は菅原道真公。
・並木町
昭和二八年の建造。人形は日本武尊。
・南町 旧南横町
昭和三三年建造。人形は八幡太郎義家。
・辰巳町
昭和四六年八月建造、工匠は埼玉県寄居町の荒川和夫。彫刻は行田市の高橋幹冶。人形は素盞鳴尊。本庄市米福人形店の作。
・熊野町
昭和四九年八月、新宿区花園町の山車を取得、南町の萩原工務店で改修。人形は熊野皇太神。
・下郷町
昭和五五年創建。工匠は町内の渡辺司。からくり人形戯がある。人形は大国主命。
・東町 旧梅之木
昭和六三年建造。工匠は子持村の入内島秀男。人形は菅原道真公。 
・入沢
昭和六一年建造。工匠は杉田大吉。人形は北条時頼。
・上郷
昭和五一年建造。人形は源義経。
・金井南町
屋臺。  

●10209 藤岡市
◇00211 藤岡天王祭
□社名
諏訪神社
浅間神社
□所在地 群馬県藤岡市藤岡
□祭は七月下旬。
諏訪神社は屋臺五臺、浅間神社は屋臺八臺をそれぞれ曳く。
□山車
諏訪神社
・大戸町
大正四年購入。改造。秩父方面より譲り受けたという。
四輪車。
・通一丁目
創建不明。
大正四年に改修を行っている。
・通二丁目
創建不明
昭和三年頃に改修
・通三丁目
平成元年の再建
彫刻は飛騨の工匠だというが、作者不明。
・通四丁目
明治四三年の創建
大正四年に改修。
・鷹匠町
昭和二年の建造。
・仲町
昭和二十三年の建造。
・古桜町
昭和三年に譲り受ける。
・宮本町
大正初年に譲り受ける
昭和四年に改修。
・緑町
昭和二十二年の建造。
・通五丁目
大正四年頃の建造。
・通六丁目
創建不明。
大正四年に改修
・通七丁目
創建不明
大正十五年に改修。
□汎論
藤岡市の諏訪神社、浅間神社で曳かれる山車(屋臺)は。全体がやや小ぶりで、秩父方面より譲り受けたという大戸町の屋臺が四輪であるほかは、他は三輪である、沿革は正月明けに行われる道祖神祭に曳かれていた屋臺(底抜け屋臺)を次第に神社の祭に曳くようになったと言われる。
長野県小諸市、佐久穂町(いまは曳かれない)山梨県には正月明けに行われる道祖神祭に山車を曳くが同一文化圏の山車(屋臺)だったようである。
通三丁目の山車彫刻が飛騨の匠の作だというので気にかかるが、作者が特定できていない。館林市にも左甚五郎が彫刻したといわれる山車があったというが、現存しない。

●10210 富岡市
◆00168 貫前神社祭
群馬県富岡市

◆01570 一ノ宮道祖神屋臺祭
群馬県富岡市一ノ宮
一之宮貫前神社
□祭神
フツヌシノカミ 経津主神
ヒメオオカミ 比売大神
□祭は三月下旬。
花山車六臺を曳く。
□山車
一ノ宮さ組
一ノ宮上組
一ノ宮仲町
□汎論
 延喜式神名帳に記載される古社。社記、その他の資料によると物部系氏族である磯部氏が安中市にある鷺宮に経津主神を祀り、安閑天皇期(五三一)に、その南方の現社地である蓬ヶ丘綾女谷(よもぎがおか・あやめがた)に社を定めたのを創祀とする。
祭神のフツヌシノカミ(経津主神)は、千葉県の香取神宮、奈良県の春日神社の祭神と同じである。ヒメオオカミ(比売大神は)は不詳である。
 一ノ宮道祖神山車祭には山車が曳かれる。一ノ宮の名称が冠されているが神社とは無関係の民俗行事。単層の山車がでる、下臺部を高くとるので二層にみえる。屋根はなく上臺前部をを桃色の造花で飾り華やかである。
 一般に道祖神を祀る地方は多くが中部地方東部に多いが、祭を行い山車を曳く例は多くはない。
 神奈川県、山梨県に若干見られるが、当地の道祖神祭は長野県東部の小諸市、佐久市、春日、旧八千穂町(現佐久穂町)、旧望月町(現佐久市)などで見られたが、現在は行われていないところもある。祭は、妙義山を東と西に分け、群馬県、長野県の両域にわたって同一文化圏をなしている。 

●10211 安中市
◆20839 糸操燈籠人形
群馬県安中市

●10301 北橘町
◇31455 下南室の神楽
群馬県北橘町

●10302 赤城村
◇31457 津久田人形芝居
群馬県赤城村

◆32486 上三原田歌舞伎
群馬県赤城村

●10303 富士見村
◆02487 横室八坂神社祭
群馬県勢多郡富士見村横室
八坂神社
□祀は七月下旬。
山車を曳く。
□山車
・初室組
・田中組
・薊組
・中組

●10304 大胡町 

●10305 宮城村 

●10306 粕川村 

●10307 新里村 

●10308 黒保根村 

●10309 東村 

●10321 榛名町
◇30900 榛名神社神代神楽
群馬県榛名町

●10322 倉渕村 

●10323 箕郷町
◇02489 箕郷祭
群馬県箕郷町

●10324 群馬町
◇02490 群馬祭
群馬県群馬町

●10341 子持村 

●10342 小野上村
◆02491 小野上村温泉祭
群馬県小野上村

●10343 伊香保町 

●10344 榛東村 

●10345 吉岡町 

●10361 新町
◆02492 新町ふるさと祭
群馬県新町

●10362 鬼石町
◆02493 鬼石神社祭
群馬県鬼石町

●10363 吉井町
◆00464 祗園祭
群馬県吉井町

●10364 神流町(旧万場町)
◆02494 八幡神社祭
群馬県神流町(旧、万場町)

●10365 中里村 

●10366 上野村
◆00813 お川下げ
群馬県上野村

●10381 妙義町 

●10382 下仁田町
◆02236 諏訪神社秋季例大祭
群馬県下仁田町

●10383 南牧村
◇31460 檜沢の岩戸神楽
群馬県南牧村

◆05885 諏訪神社御柱祭
群馬県南牧村

◆05900 磐戸神社祭
群馬県甘楽郡南牧村大字磐戸三三三番
磐戸神社
□祭は九月中旬。
□汎論
磐戸神社は南牧村の鎮守。例大祭には山車を曳く。

●10384 甘楽町
◆00757 笹森稲荷神社例大祭
群馬県甘楽町

●10401 安中市(旧松井田町)
◆01559 松井田ふるさと祭
群馬県安中市(旧松井田町)
熊野神社
□祭は十月中旬。
山車、屋臺六臺を曳く。
□山車
・坂本
慶長期の作という。
・南横町
・北横町
・森崎
・上町
(順不同)
□汎論
 熊野神社は中仙道の碓氷峠に鎮座する。社殿が群馬県と長野県にまたがり、参道と本宮の中央が県境となっている。本宮の祭神は伊邪那美命、群馬県側新宮の祭神は速玉男命、長野県側の那智宮の祭神は事解男命となっている。
境界上に鎮座する神社は、長野県塩尻市の小野神社、辰野町矢彦神社、松本市千鹿頭神社は山頂に二社が祀られている。
七月中旬に梛の葉祭が行われる。ヤマトタケルにちなんだ伝説があるようだが、この地にナギは無い。ナギは暖地性で山口県に自生があり、奈良県の奈良公園にあるが自生ではなく、燈明にもちいるため植栽されたものだろうといわれる。
□問い合わせ
安中市観光協会
電話 027-385-6555 

◇30831 松井田八城人形
群馬県松井田町

●10421 中之条町
◆00186 中之条祭
群馬県中之条町

◆03531 鳥追祭
群馬県中之条町

●10422 東村 

●10423 東吾妻町(旧吾妻町)
◆00650 岩下祗園祭
群馬県吾妻町岩下
八坂神社
□祭は七月中旬。
・大村
創建は明治中期、昭和初期の火災により消失し、昭和一〇年に債権された。  
・机
昭和初期に昭和天皇即位を記念して建造された。
・仲之町(天神、姉山の合同)  
・漆貝戸
昭和初期には創建時の山車があったが、破損により昭和二十七年に再建された。

◆03604 原町祇園祭
□社名 八坂神社
□所在地 群馬県東吾妻町(旧吾妻町)
□祭は七月下旬。
□山車
・上之町
創建は不明だが担ぐ山車だったといわれる。平成になって大改修された。
・下之町
創建は不明だが担ぐ山車だったといわれる。明治末期に沼田市で惹かれていた山車を譲り受けた。
・紺屋町
創建は大正一〇年。平成元年に埼玉県久喜市上清久で曳かれていた山車を譲り受けた。
・新井町
屋臺形式。、工匠中島巌により昭和二十六年に建造された。
□汎論
 東吾妻町は近年まで吾妻町だったが、それ以前は原町とよばれていた。市街の中心地でいまも原町の名称でよばれている。吾妻渓谷は国の名勝の指定を受ける景勝地である。一方、渋川市から草津町にいたる険阻な道路が通っていたが近年改修および付け換えも進んでいる。江戸時代には坂上地区の大戸に関所があり、この関所で浪曲や、芝居でよく知られる侠客、国定忠治が捕らえられて処刑された。享年四十一歳。二ヶ寺に墓がある。
養寿寺、法号、長岡院法誉花楽居士。
善應寺、法号、遊道花楽居士。

●10424 長野原町
◆02498 諏訪神社祭
群馬県長野原町
諏訪神社
□祭は四月下旬。
□山車
・上の町
・下の町
□汎論
 長野原町には山車が二臺あるといわれるが、近年は曳かれていない。

●10425 嬬恋村
◆05194 大笹神社祭
群馬県嬬恋村大笹
大笹神社
□祭は九月中旬。
□山車
一臺を曳く。
□汎論
 大笹神社は、嬬恋村大笹の長野街道とよばれる国道百四十四号線からわずかに南に入ったところにある。境内に、嘉永六年(一八五三)に建てられた芭蕉の句碑がある。『猿蓑』の、

   雲雀啼く なかの拍子や きじの聲

 が撰ばれている。碑の書は一夏庵竹烟とある。芭蕉は上州には足を運ばなかったが、俳諧の盛んな土地で、初期は貞門派、ついで談林派、蕉風(正風)へと引き継がれた。県内には多くの句碑が建てられている。江戸時代中期には黒岩鷺白が著名である。鷺白は草津温泉の宿の主人だったといわれる。また、江戸時代後期には田川鳳朗門の坂上竹烟がある。竹烟も、諸国をめぐったあと、名湯草津を愛してここに定住した。一夏庵という。

◆05195 諏訪神社祭
□社名 諏訪神社
□所在地 群馬県嬬恋村大前
諏訪神社
□祭は五月上旬。
□山車
一臺を曳く。
□汎論
 嬬恋村大前は吾妻線の終点にあり、吾妻村役場もここにある。

●10426 草津町
◆00781 草津祭
群馬県草津町

●10427 六合村 

●10428 高山村
◆05902 金甲稲荷神社祭
群馬県高山村

◇30898 尻高人形
群馬県高山村

●10441 白沢村 

●10442 利根村 

●10443 片品村
群馬県片品村

●10444 川場村 

●10445 月夜野町
◆02501 月夜野神社祭
群馬県月夜野町

●10446 水上町
◇32558 小仁田の神楽
群馬県水上町

●10447 新治村 

●10448 昭和村 

●10461 赤堀町
◆02503 赤堀夏祭
□社名 神社に繋属しない市民祭。
□所在地 群馬県伊勢崎市(旧赤堀町)
□祭は八月上旬。
□山車(屋臺、竿燈、傘鉾)
山車一〇臺あまり、竿燈
・神輿は傘鉾状
・西野
・香林町一丁目
・西久保
・鹿島
・西久保町一丁目
・市場町一丁目 
・磯
・香林上
・曲沢
・今井一丁目
・西久保町三丁目
・五目牛 
・野
・間野谷
・下触町
・堀下町
・市場町二丁目
・今井二丁目 
□汎論
 山車とともに、大阪市の臺額、あるいは秋田市の竿灯に似た竿燈(かんとう)がでることがある。地元では竿燈(かんとう)とよび、秋田市から竿燈の友情応援が出ることがある。神輿は埼玉県秩父市および近隣に見られる傘鉾状で、上部から造花をつけた髯子)ひげこ)が垂れ下がる。

●10462 東村 

●10463 境町
◆01736 境ふるさと祭
群馬県境町

●10464 玉村町
◆02505 玉村八幡宮祭
群馬県佐波郡玉村町
玉村八幡宮
□祭神
誉田別尊 ホムダワケノミコト(應神天皇)
気長足比売命 オキナガタラシヒメノミコト(神功皇后)
比盗_ ヒメカミ (不明、市杵島姫命か?)
境内社 
 厳島神社
 五神社
  日枝神社
  春日神社
  熊野神社
  住吉神社
  菅原神社
 稲荷神社
 古峯神社
 琴平神社
 国魂神社
 八坂神社
 猿田彦神社
 淡島神社
□祭は七月下旬。
□山車(屋臺)
・四丁目
・五丁目
・六丁目
・七丁目
□汎論
 玉村八幡宮の創祀は、縁起によれば建久六年(一一九五)に、源頼朝が鶴岡八幡宮より勧請建立とある。県内には源頼朝が巻狩のため当地を訪れたという伝承がある。境内の琴平神社、稲荷神社があり、八幡宮より古くから祀られていたといわれる。二社はいずれもいずも慧の神社であり古代に出雲氏が祖霊を祀る神社として創祀されたことを窺がわせる。境内社の八坂神社は別に祭が行われ山車(屋臺)が曳かれる。◇00738 飯王神社水神祭
群馬県玉村町

◆02543 ふるさと祭(祗園祭)
群馬県玉村町
八坂神社
□祭は七月下旬。
山車四臺を曳く
□汎論
町内で二臺の山車が向き合い、「ぶっこみ」とよぶお囃子の競演が行われる。

◆05196 角渕祗園祭
群馬県玉村町角渕地区
□祭は七月中旬。
山車二臺を曳く。
□山車
・堀東組
・堀西組
□汎論
角渕祗園祭(つのぶちぎおんまつり)

◆00738 飯玉神社水神祭
群馬県玉村町五料
飯玉神社(いいたまじんじゃ)内、水神社
□祭は七月下旬。
□山車(麦わらで作った御舟)
□汎論
 飯玉神社水神祭といわれるが、正確には飯玉神社に合祀された水神社の祭で五料(ゴリョウ)の水神祭ともいわれる。五料は水神社を祀る玉村町の地名である。祭には、地区の町民の奉仕で神社の境内で麦藁や青竹などを用いて二間あまり(約七メートル)舟をつくり、これを車に載せて地区内を曳く。宵闇がせまるころ大人たちによって担がれ利根川に流される。
 利根川と鳥川が合流する五料の地は河川の氾濫によって何度も大きな被害を受けたが、天明期には、浅間山の大噴火に伴う降灰と、河川の大水により、泥濘の流れとなって大被害をもたらしたといわれる。
五料の水神祭は水神の御霊を鎮める【水難除祈願】の願いがこめられている。平成十四年、国の記録作成等の措置を構ずべき無形の民俗文化財に選択された。
□訂正
 旧稿で、【飯玉神社(いいたまじんじゃ)】の名称が飯王神社になっていました。お詫びして訂正します。

●10481 尾島町
◆00434 世良田祇園祭
群馬県尾島町

●10482 新田町
◆02507 貴先神社祭
群馬県新田町

●10483 藪塚本町
◆02508 藪塚本町祭
群馬県藪塚本町

●10484 笠懸町 

●10501 大間々町
◆00810 大間々祭
群馬県大間々町

●10521 板倉町
◆01640 板倉祭
群馬県板倉町

●10522-8 明和町

●10523 千代田町 

●10524 大泉町
◆01697 大泉祭
群馬県大泉町

●10525 邑楽町 
□社名 八幡宮
□所在地 邑楽町山名町
□祭は四月と十月。
屋臺三臺を曳く。
・木部
・山名
・根小屋 

 ◆日本山車論
目次
 ◆左甚五郎傳
左甚五郎傳
 ◆斐太ノ工
斐太ノ工
 ◆谷口與鹿
谷口與鹿
 ◆論攷 延喜式神名帳
論攷 延喜式神名帳
◆阿波國
◆安房國
◆安藝國
◆伊賀國
◆隠岐國
◆越後國
 ◆古代祭祀と神南備山
古代祭祀と神南備山
 ◆玉依姫  様